思いがけずロマンチック
速くなっていく鼓動を数え始めて僅か数秒、彼がキーボードをひとつ叩いた。
「異動に、何か問題でもあるのか?」
素っ気ない返事からは感情の欠片も読みとれない。怒っているようにも聴こえるし、無関心なようにも聴こえる。
なんだか、よくわからない人。
「問題はありませんが、美濃さんの総務課への異動を取り消してください」
彼の威圧感に負けないように、語気を強めて言った。
しかし彼には通用しないらしい。
まったく表情は変わらない。
「どうして? 異動できない理由でもあるのか?」
有田さんは面倒くさそうに頬杖をついて、パソコンの向こうで首を傾げる。
鼻筋が通った綺麗な顔は今朝と変わらないのに、雰囲気はまるで別人。ただの無愛想な独裁者なのかもしれない。
「美濃さんは広報課に必要な存在です、それに、広報課は他の課よりも女子社員が多いから異動を決めたのなら考え直してください」
「彼女の実績は知っている、だからこそ総務課でも活躍してくれると期待した、女子社員の数は関係ない」
吐く息とともに発せられた彼の声は、私を足元から揺るがせようとしているよう。咎めるような鋭い視線が、まっすぐに私へと突き立てられる。