思いがけずロマンチック
千夏さんと話し込んでいると、不意に休憩室の空気が変わった。談笑していた声がぷつりと途切れて、ひんやりとした風が背後から吹き込んでくる。
恐る恐る振り向いたら案の定、有田さんが涼しげな顔で休憩室を見渡している。何かを探しているのだろうか、嫌な予感しかしない。
目を合わせたくないからすぐに向き直ったのに、背中越しに足音が近づいてきた。
しかも、「来たよ」と千夏さんが目配せ。
「唐津さん、休憩中に悪い。頼んだ仕事のことだけど、本社への報告が早まったから明日中に仕上げてほしいんだ」
本社とは『ルーチェ・クリエイト』のこと。私ひとりに任せておいて、なんて勝手なことを言ってくれるだ。どうせ私が頑張った成果を自分の手柄にしてしまうくせに。
「明日中ですか?」
「益子課長にも協力するように話してきたところだ」
声にも表情にも不快感をいっぱい溜めて問い返したのに、有田さんには通じなかったらしい。にっこり笑って跳ね返されて、私は何にも言えなくなってしまった。なかなかの強敵だ。
「頼んだよ」と言い残して、有田さんは足早に去っていく。彼の背を見送りながら千夏さんが呟いた。
「黙ってたら、いい男なのにね」
確かに、私を助けてくれた時は王子様だった。今は単なる偉そうな人にしか見えない。