思いがけずロマンチック
「放ってたらいいと思いますよ、個人の自由ですから見なかったことにしましょうよ、私も聞かなかったことにしますから」
できるだけ平静を保って、爽やかな笑顔で返した。同時に心の中では、『早く忘れろ、早く忘れろ』と何度も念じながら。
ところが、益子課長は勢いよく立ち上がった。
「でもさ……明らかな規則違反だ」
ぼそっと嫌味な言葉を吐いて、益子課長は目を細めた。照明に照らされた眼鏡が怪しさを助長して、まともに顔を見ていられない。
それなのに、ゆっくりと益子課長は私の席へと歩み寄ってくる。
「社内恋愛って、そういう意味なんですか? 仕事中はダメだけどプライベートは構わないんじゃないですか?」
「唐津さん、本気でそんなこと思ってる?」
「はい、仕事中は恋愛のことなんか考えないで仕事だけに集中しろ、という意味でしょう?」
あくまでも白を切り通す。
きっと今、益子課長はもの凄く邪悪なことを考えているに違いない。なんとしてでも私が止めなければ、織部さんと美濃さんが危ない。
「馬鹿だなあ……、そうか、唐津さんは恋愛経験ないんでしょう?」
益子課長は私の席の真横で足を止めた。
僅かに笑みを含んだ口調が、ちくりと突き刺さる。