思いがけずロマンチック
「今すぐ退きなさい、命令だ」
あり得ないほど近くから降ってきた声は心地よい低音。残響を追いかけているうちに、有田さんの顔が変わっていく。
初めて会った時、階段で助けてもらった時の王子様の顔だ。
胸の深いところから、ひょっこりと小さな光が顔を覗かせる。
「だったら……、私と食事に行ってください、そう約束してくれたら退きます」
「なに? 意味が分からない、どうして食事が関係あるんだ?」
一瞬で有田さんの顔が元に戻った。
目を丸くして、言葉通りの訳が分からないという顔をしている。
私だってわからない。きっと胸の奥から覗いた光が勝手に言わせたんだ。
「今決めてください、セクハラだと訴えますよ?」
震える唇を噛んで、有田さんが離れていった。
離した手でくしゃりと頭を掻いて、ひとしきり俯いて悩んでいる様子。
私と食事に行くことが、そんなにも悩むようなことなのか。ショックには違いないけれど、私だって本気でもなければ下心があるわけでもない。
むしろ有田さんを騙そうとしているんだから、もっと悪質かもしれない。
「わかった、行ってやる。但し一度きりだ」
さんざん悩んだ挙句、有田さんは強い口調で言い切った。人差し指を突き出して、一度きりを強調して。