思いがけずロマンチック
「君は? 彼女の知り合い?」
聞き慣れた声が、九谷君の笑いを一瞬で止めた。
やっと帰ってきてくれたという安堵に、限界寸前だった体の力が抜けていく。
「大学の同級だった九谷です。彼女が営業だって聞いてびっくりしてたんですよ、本当に大丈夫ですか」
九谷君は再び笑い出しそうな軽い口調で一礼。有田さんの方が年上だとわかってるのに、いったいどういうつもりだ。
不快感を覚えたのは私だけではなく、有田さんも同じだったらしい。
「それは、どういう意味だ?」
低い声で九谷君を睨みつける目が怖い。対抗すると言わんばかりに、九谷君の目つきも鋭さを増す。
何事も起こりませんように、と祈るような気持ちで居る私のことなんて考えてくれるはずもない。九谷君はふっと鼻で笑った。
「どういうって、大学の頃の唐津さんは引っ込み思案で、営業の仕事に就くなんて想像出来なかったから……」
「君が言うことじゃない、彼女はよく頑張ってくれている」
畳み掛けるような強い口調が、九谷君を圧倒する。私にとって嬉しい言葉だけれど、緊張感は解けない。
九谷君はぎゅっと結んだ唇を震わせて、顔いっぱいに悔しさを滲ませた。
「そうですか、今は頑張っているんですね」
「そうだ、彼女のことを何にも知らないのに、いい加減なことを言うのはやめてもらえないか」
苦し紛れに吐き出した言葉さえ、有田さんにぴしゃりと払い除けられる。
もはや九谷君に反論の余地はなく、そそくさと自分の居た席へと戻って行った。