強引なカレの甘い束縛
「壁?」
「まあ、壁の高さは色々あれど、苦労知らずで仕事をすすめることはできないはずだし、自分の情けない姿を七瀬ちゃんに見せて、何かを教えようと……? うーん。俺、ちゃんとした会社に勤めたことがないからなあ」
私に何かを伝えようとするけれど、輝さんはそれをうまく言えないようで、右手を後頭部に当てて首をかしげた。
俯きがちなその様子はとてもサマになっていて、輝さんを目当てに『マカロン』に来る女性の気持ちがわかったような気がした。
長身で細身の体は決して華奢だというわけでもなく、ひじのあたりまでまくり上げられたシャツから出ている腕には適度な筋肉がある。
これまでスポーツをしていたとは聞いたことがないけれど、もしかしたらテニスでもしていたのかなとぼんやり考えていると、カウンターに置かれていた輝さんのスマホが音を立てた。
私からも近い位置にあるそれに視線を向けると、画面には『史郁』と表示されている。
その読み方に一瞬戸惑ったものの、スマホを手にした輝さんの柔らかな表情を見れば、それは『ふみかさん』なのだとすぐにわかった。
輝さんは私に「ちょっとごめん」と言って、カウンターの端へと体を移し、電話に出た。