強引なカレの甘い束縛
そんな私から視線を外すことなく、稲生さんは言葉を続ける。
「学歴で仕事が決まるわけじゃないですけど、うちの会社の部課長列よりもよっぽどの難関大学を卒業してるのに、どうして出世する可能性のない事務職に就いたんですか? 飲み会でそのことを聞いたとき、正直、萩尾さんはおかしいのかと思いましたよ」
「……おかしいのかな。でも、自分が望んでのことだし」
稲生さんと並び、再び駅へと向かう。
すると、稲生さんは気持ちを切り替えるような強い視線を私に向け、口を開いた。
「私も事務仕事をしてるので、その大変さはよくわかるんです。それに、今の仕事が会社にとって絶対に必要なものだというプライドももちろんありますけど。学歴に関係なく、萩尾さんにはシステム開発の才能というか、向いてる何かがあると思うんですよね。こないだもプログラムのミスを発見していたし」
「あ、あれなら、単なる偶然だよ。それに、陽太から借りた専門書を見たらちんぷんかんぷんだし、私には無理」
「もちろん、偶然かもしれないですけど、今可能性を捨てるのはもったいないです。今日の講習会のあと、これからの仕事というものを見つめ直してもいいんじゃないですか?」
真面目な声で、ぶれることなく話す稲生さんに気圧されそうになり、私は慌てた。
「いいのいいの。私は現状維持で。異動とか出世なんて私には関係のない別世界の話だし。今のまま、事務職として頑張れればそれで十分満足」
そして、陽太のサポートができればそれでいいのだ。
「……まあ、それで満足ならそれでもいいんですけど。もしこのままだとすれば、いずれ春川さんは異動するだろうし、ついていくなら会社を辞めるしかないですよ」