強引なカレの甘い束縛
それに、稲生さんが普段周囲に見せている女の子らしい可愛い雰囲気とはまったく違う様子を目の前にして、混乱して何も言葉が出ない。
社内で『お嫁さんにしたい女の子』という話題が出れば、確実に彼女の名前が挙がる楚々とした振る舞いとアイドル並みに整っているお人形のような顔。
本人もそれを自覚しているのかいないのか、そんな印象を裏切ることなく職場の花となり笑顔を振りまいているというのに。
「私が本気で好きになれないって気づいた途端、お前よりも好きな女ができたから別れてくれって、言われたこともあります。今ではその彼女と結婚して幸せなお父さんなんて……私が悪いんですけど。裏切られていたと知ったら、やっぱりショックでした」
地面に向けられた視線は何も見ていないようで、ひたすら過去からひきずっているらしい苦しみを口にしている。
この姿を社内の男性陣が目にすればお嫁さんにしたい女の子リストから早々に外すに違いないけれど。
私は、これまでの彼女の印象とは違うその口ぶりに驚きながらも、とくにひいたり彼女を嫌な女の子だとも思わなかった。
「……やっぱり、本気で好きな相手と付き合わないかぎりうまくいかないんですよね。だけど、いっくんとは、もう……」
「いっくん?」
「あ、別に……なんでもないんです、もう」
稲生さんは、ひと息にそう言って、肩を上下させた。
荒い息遣いを落ち着かせるように深い呼吸を数回。
そして、膝に手を当て体を折ると、苦笑しながら私に視線を向けた。
「私って……ばかみたいですよね。それに、なんて身勝手で高飛車なんだろうって思いますよね。自分を何様だと思ってるんだって、そのとき気づいて。相手を本気で好きじゃないのに、自分のことばかり考えて。でもそれで満足しているわけじゃなくて。だから、もう、それなりはやめるんです。採用試験を受けたときも、とにかく有名な会社に入れればいいやって思って、総合職よりも、事務職の方がハードルが低いから、それで選んだだけだったんです」
「そう……」
「もちろん、今の事務の仕事をばかにしているわけじゃないんですけど、システム開発っていう世界を近くで見ているうちに私もその中で頑張りたいって思うようになったんです。だから、今日の講習会を皮切りに、総合職に移れるように努力しようと思ってるんです」