強引なカレの甘い束縛
イスごとくるりと体を後ろに向けると、稲生さんと知り合いらしい男性が立っていた。
「何年恋人でいれば、親しくなれるんだろうな」
「い、いっくん。え、なんで、ここに」
「先月、日本に帰ってきたんだよ。で、輝さんに頼んでバイトさせてもらってるんだ」
「あ、そ、そうなんだ」
「久しぶりに会えたのに、俺、かなり傷ついた。そっか、俺との過去は、由梨香にとっては忘れたい過去なんだな」
「そんなことない、違うから」
「ふーん」
今まで見せていた人当たりのよい笑顔は消え、市川君と呼ばれている彼は冷たい表情を浮かべた。
細められた目は稲生さんを見下ろし、感情が読めない空虚さを浮かべていた。
「いっくん、あ、あの、私、CD買ったよ。おめでとう。夢が叶って良かったね」
「そりゃ、どうも。なんならサインでもしてやろうか?」
「え、ホント? お、お願いします」
「……なんなんだよ。その能天気な声。高校の時と変わらなくて、ちょっとむかつく」
「え、私、変わってないことはないし、いろいろあったけど……」
そうか、市川君が〝いっくん〟なんだな。
私はふたりの様子をまじまじと見た。
高校の同級生であり、なにやらふたりは以前付き合っていたらしい、特別な関係のようだ。
稲生さんの頬がほんのり赤く見えるのは、雰囲気のある店内の照明のせいだけじゃない。
恥ずかしそうにちらりと向けた視線の先にある、市川君の存在のせいだろう。