強引なカレの甘い束縛
「額で良かった……って言うと変だけど、目に傷を負ったり頭を強く打って後遺症が残らなくて良かった」
「うん」
強い力で私を抱きしめながら、くぐもった声で話す陽太は、少し震えている。
私が階段から転げ落ちる様子を想像しているのだろうか。
「あのとき、あっという間だったけど、とっさに頭をかばったみたいでね。おかげで腕には傷ができたし痛みはひどかった。腰もじんじんしたし。でも、大丈夫」
明るくそう言った私に、陽太は「わかってる」と言って私の首筋に顔を埋めた。
「もう、転ぶなよ。せっかくこうして七瀬と一緒にいられるようになったんだ。いつも笑っていたいし、楽しみたい」
「わかってる。ちゃんと気をつけます。わたしだって……」
陽太とこうして一緒にいられるようになったんだから、思い切り楽しみたいし、幸せになりたい。
振り返れば、自分の身勝手さばかりが浮かんできて、姉さんに対する謝罪の気持ちが溢れるけれど、陽太が言うように、ひとつ間違えば、私も大けがをしていたかもしれないし、命の危険もあった。
私とこうして一緒にいられることに、安堵の声を吐き出す陽太とともに、私もホッと息をついた。
私も、陽太とこれからずっと一緒に笑っていたいし楽しみたい。
陽太とは、入社してすぐに親しくなり、そこからふたりの距離が縮まるのに時間はかからなかった。
一緒にいられればそれだけで落ち着いたし、離れたくないと思う機会がどんどん増えた。
けれど、当時の陽太には彼女がいたし、私は自分を取り巻く環境を変える勇気もなかった。
ましてや姉さんに傷を負わせてしまった過去を思い出すたび、自分の想いだけで軽はずみな行動をとってはいけないと、無意識に自重していた。
というよりも、自分の感情に任せて動くことが怖かったのだ。
そう気づけば、これまでの五年間が、なんだかもったいなかったような気もする。
現状維持と姉さんへの気持ちにばかりとらわれて、陽太との関係を進めることも、自分の気持ちを伝えることもしなかった。
自分で納得していたとはいっても、やっぱり、五年は長かった。
せめて、陽太が彼女と別れたあと、私が素直になればよかった。