強引なカレの甘い束縛


「稲生さんが、立ち飲み……ひとり焼肉?」

「そうです。大勢で出かけるのも好きですけど、ひとりで動き回るほうが楽な時も多いんで。あ、ひとりで旅行にも行っちゃいますよ。さすがに海外にひとりで行こうとすると両親が心配して反対するんで、それは滅多にないんですけどね」

「あ……そう。意外。友達にチケットやホテルの手配を全部任せて、当日集合場所にやってくるタイプかと思ってた」

「よく言われます」

稲生さんはそう思われていることを気にしているわけでもなさそうだ。

ランチタイムで混み合うカフェの片隅で、好物だというミックスサンドを頬張る姿は小動物がえさをはむはむと食べる姿を連想するほどかわいらしいけれど、彼女を知れば知るほど見た目とのギャップに驚かされる。


誰かに頼らなければ生きていけないと思わせる儚さを裏切る強い意志。

事務職で入社して、そこそこのお給料が保証されている状況に満足することなくさらに高いポジションを目指している。

五日間という短い間だったけれど、システム開発の研修を一緒に受ける中で彼女の本気が伝わってきて、自分の仕事への向き合い方を反省した。

システム開発を勉強することをきっかけにして、総合職試験を受けるという彼女の思いに刺激されたのか、ルーティンともいえる事務仕事をこなすことしか考えてこなかった自分に、疑問を感じたのだ。

疑問というよりも現状維持にこだわっていた自分のかたくなさに気づき、このままではいけないと、ようやく目が覚めた。

……というようなところ。

姉さんへの謝罪の気持ちと申し訳なさに占められていた心に風穴を開けてくれたのは、もちろん陽太で、そのことがきっかけで、今、私には大きな変化が起きている。





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