強引なカレの甘い束縛
『いずれ転勤することになると思うので、それまで七瀬の部屋で暮らしてもいいでしょうか』
結婚して環境を一気に変えるよりも、これまでと同じ家に住むほうが、七瀬にとっても穏やかに俺との新生活を送れるのではないかと思った。
その考えは、正解だったようで、七瀬もかなり喜んでいた。
婿養子ではないが、七瀬と音羽家の縁が生涯続くことを考えれば、俺達ふたりの人生の節目にはすべて、音羽家の影がちらつくはずだ。
俺の異動先の新居も、安全の配慮を最優先に考えた家が音羽家によって用意されるに違いないし。
いずれ子どもが生まれても、俺の実家よりも音羽家の意向が反映された子育てになるだろう。
幼稚園受験は当たり前らしく、妊娠したときから胎教という名の英才教育が始まるというのは冗談ではないと言って、忍さんは笑っていたっけ。
「まあ、いいか、それでも」
思わず、そう口にした。七瀬が平和に笑って俺の隣にいてくれれば、あとはなんとでもなるか。
すると、俺のつぶやきに反応した七瀬が顔を上げた。
部屋の真ん中に立ち、衣装を整えてもらいつつの化粧直し。顔を動かした七瀬に、メイクさんが遠慮がちに動かないで欲しいとお願いしている。
「どうしたの?」
じっとしたまま視線だけを俺に向ける七瀬の傍らに立ち、俺は首を横に振った。
「なんでもない。ただ、幸せを実感し過ぎてどうにかなってしまいそうなだけ。まあ、それでもいいか」
「……ば、ばか」
首から耳、そしてもちろん顔まで赤く染めて、七瀬は俯いた。途端、メイクさんから苦笑とともに「だから、まっすぐに向いてくださいね」と小言を言われている。
俺の言葉に、メイクさんも照れているようで、ほんの少し荒くなった言葉遣いでごまかしているようだ。
ばかで結構、それでも俺は七瀬から離れない。
七瀬との結婚は、音羽家と縁を結ぶことによるしがらみをも受け入れるということで、面倒なことが生涯続くはずだ。
穂香さんほどではないにしても、七瀬のご両親の名声と音羽家の威光による煩わしさからは逃げられない。