オフィス・ラブ #another code
「泊まっていったらいいのに」
「際限なくなりそうだから、帰る」
Tシャツをかぶりながら正直に言うと、なぜだか彼女は楽しそうに笑って、脱ぎ捨てたワイシャツを投げつけてきた。
それに袖を通しながら、ついこの間贈ったピアスの光る白い耳たぶに口づける。
いいと言っているのに、毎回彼女はもう一度服を着て、エントランスまで降りて、新庄の車を見送ってくれた。
「マーケは魔窟って、本当なんだね」
なに面倒なことになってんのさー、と緊迫感のない声で内線を入れてきた堤は、新庄を呼び出した喫煙所に、もうひとり男性社員をつれてきていた。
賀茂(かも)と名乗るその男は新庄も見覚えがあり、例の、マーケでまだ言い寄られている数名のうちのひとりということだった。
「うちのグルインとか面倒見てくれてるからさ、顔なじみなんだ」
「新庄さんの一年下です、お噂はかねがね」
見るからに切れ味のよさそうな男で、無駄のない快活な喋りは心地よく響く。
「こいつからの噂なんて、ろくでもないだろ」
「さいわい、それほどひどくないですよ」
当意即妙といった受け答えに、すぐにこの男が気に入った。
お互い、この状況をなんと言ったらいいのかわからず、よろしく、と言いあうのにも語尾が半疑問形になるありさまで、笑った。
「僕が上に言われたのは、断りかたにそつがなさすぎるのも逆効果だと」
「うまく断りすぎると、ますますほしがられちゃうってこと? 災難だね」
なんだそれは。
心底うんざりしながら煙を吐いた。
じゃあ、もはやどうすることもできないじゃないか。
「でも僕は、そろそろ襲撃もおさまったと感じてきていますよ。新庄さんは?」
「…変わらないな」
むしろ、勢いを増している気がしないでもない。
「それは、なかなかまずいですね」
「なんかお前、特別そそるような断りかた、したんじゃないの」
どんな断りかただ、と苦々しく思いながら、わからん、と答えるしかなかった。