オフィス・ラブ #another code
洗面所を出たところで、次長に出くわした。
不健康に肥えた、妙に貴族的な白い顔が意味ありげに笑む。
もうここまで来たら、軽蔑も恨みも隠す必要がないと一瞬思いかけたが、よく考えたら、出向期間中に自分のことを忘れてもらわなければ意味がないのだった。
目を合わせずに、会釈をしてすれ違おうとしたところを、肩を叩かれた。
「残念だよ」
その世代にしては背の高い彼は、新庄と同じ目線の高さで、ふてぶてしく見つめてくる。
失礼します、と去ろうとした新庄の肩をつかみ、逃がさないという姿勢を表した。
新庄はため息をこらえ、参謀以上に好きになれない顔を見返す。
「私も残念です」
「何がかね」
「次長のいらっしゃるこのマーケを、離れなければならないことが」
失礼します、と再度言い、置かれた手を振りきってその場を去った。
そんなふうだからほしくなるんだよ、という楽しげな声に、もう聞こえないだろうと思い遠慮なしに舌打ちをした。
グループ長たちが最速で手配してくれた出向は、10月初旬からに決定した。
あと1ヶ月もない。
いつ恵利に言おうかと考えた。
驚くだろうが、彼女自身、全国転勤の可能性のある総合職だ。
結局は理解してくれるだろうと予想がつき、それがかえって申し訳なかった。
ただでさえ、なかなか会えないのに。
これからは、何があっても、駆けつけてやることすらできないのだ。
まさかこんなことが自分の身にふりかかるとは、思ってもみず。
いまだ現実味を伴わないこの状況に、なんだか笑うしかないような心境だった。