オフィス・ラブ #another code
「独身? 彼女とか、こっちにいるんじゃないの」
年長の社員に言われ、はあまあ、とあいまいに答える。
なんというか、30代に入った手前、彼女という無責任な響きにどうにも抵抗があるのと。
恵利自身の存在が、そういう呼びかたをするのにふさわしくない気がして、はっきり返答しかねた。
「もう話した? 怒られなかったか」
「怒られはしませんでしたが、まあ…」
…あの時、彼女が見せた感情は、なんと言ったらいいんだろう。
「寂しがってた?」
「そんなところでしょうか」
考えてもわからないので、半端な答えになったが、相手は気にしなかったらしく、いいねえと笑われた。
似たようなやりとりを昼間もしたなと思い返す。
研修で教育係を担当した、三ツ谷という新人が、新庄を喫煙所に呼び出したのだ。
最近よく呼び出されるなと思いながら行くと、むっつりとこちらをにらんで、何やってるんですか、と低く言ってきた。
『完全に、巻きこまれ損じゃないですか』
『俺もびっくりしてる』
『びっくりしてる、じゃないですよ。腹くらい立てましょうよ。大塚さんには説明したんでしょうね』
答えられずに煙草をふかすと、あきれたようなため息をつかれる。
生意気な態度にも親しみを感じさせ、受ける印象よりも生真面目なんだろうと思わせる、頭の回転の速い青年だった。
『わざわざ話すようなことでもないだろ』
『それを決めるのは、新庄さんじゃないですよ』
以前、似たようなことを恵利に言われたのを苦々しく思い出して、眉が寄った。
もしや結局あれから、自分は成長していないんだろうか。
だけどこんな話、いたずらに彼女に心配をかけるだけじゃないか?
事情はどうあれ、出向の事実は変わらないのだ。
ちゃんと言ってあげるべきですよ、と言う三ツ谷に、考えとく、と我ながらいい加減な返事をした。