オフィス・ラブ #another code

決まってるでしょう。


引越し前夜、ふと先輩社員の言葉を思い出して、寂しいかと問うたら怒られた。


やっぱり、そうか。

じゃあ、言えばいいのに。

いや、言わなきゃダメじゃないか。


そう言ったら、寂しいですよ、とつっけんどんに言って、なおさら恵利は怒ったようだった。



「もっと会いたいし、離れるのは嫌です」



そうか。

コーヒーを注ぎながら、そうだったのか、と思った。

そりゃそうか、と。


出向が決まってから、これまでの間に。

彼女に出向のことを伝えた、あの日からは、特に。

自分なりに、考えた。


自分たちには、おそらく、ことさらに、言葉が必要なんだろうと。


自分があまりそういうのが得意でないことは承知していたし、恵利が好き放題わがままを言うほうではないこともわかっていた。

それに加えて、元々の関係が邪魔をして、自分たちはどこかに少し、遠慮してしまう領域がある。


それじゃ、ダメだ。

特にこれからは、それじゃダメだ。

俺たちは、なんでも言わないと、ダメだ。


恵利にも、それをわかってほしかった。


逆に言うと、言いさえすれば、なんの問題もないという確信があった。

少なくとも自分は今後も彼女を好きでいるし、彼女も自分に対して同じ想いであるなら、どこに懸念の入る余地がある?

楽観的と言われても仕方ないが、結局、人の絆なんて、そのくらいシンプルなんじゃないかと思えた。


ただ、寂しがる彼女を放っとくのが嫌なだけだ。

寂しがっていることを知らずに過ごすのが嫌なだけだ。


だから言ってほしい。

寂しかったら、言ってほしい。


そう伝えると、彼女は泣いて。

握った手に、次々と涙を落とした。

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