オフィス・ラブ #another code

あからさまに切られた携帯を、呆然と見つめる。

ここは半地下なので、確かに電波は悪い。

けど今のは、どう考えても、わざとだっただろう?



「ご立腹かな、彼女?」



ご立腹なのは、彼女じゃない、俺だ。

偶然このバーで会った同期の女を、どうしてやろうかと考えた。


入居や配属の話を進める担当が、本社の人事から出向先の人事に移行した時、挨拶のメールをよこした彼女の名に覚えはなかった。

結婚後の姓を名乗っていたからだ。


それがこの同期だと知ったのは、出向初日、事務的な説明を受けるために人事部と打ち合わせをした時で。

先に席についていた彼女を見た時、回れ右をして会議室を去りたくなった。

せめて誰か、もうひとりいればいいのに。

よりによって、ふたりきりとは。



『久しぶり』

『旦那、元気か』

『もう別れた。苗字は戻さなかったけど』



助けてくれ。

この女のわかりやすい秋波に気がつかないほど、自分も鈍感ではない。

社内でのごたごたを避けるという以前に、この手の、蛇のようにしつこくまとわりつくタイプの女が、新庄は苦手だった。

無節操の見境なしと妹は言うが、自分にだって最低限の基準くらいはあるのだ。



『あの子、元気かなあ』

『人事手続きの話を、したいんだが』



変わらないね、と笑んで、書類をさっと新庄のほうへ向け、てきぱきと説明を始める。

質問などで無駄なやりとりが発生しないよう、本気で頭に叩きこんだ。

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