オフィス・ラブ #another code
「俺たちは、通夜に間に合えばいいんだろ」
『私は、女手が必要かもしれないから早めに行くけど、貴志はゆっくりでいいわよ』
どうせ役に立たないし、と言われ、本当にそうだと納得しながら通話を終えた。
腕時計を見れば、もう電話するには遅い時刻で、大塚への連絡は明朝にしようと考える。
がっかりするだろう。
自分だって、している。
彼女が希望してきた行き先は、新庄自身も学生時代から頻繁に走っている場所で。
しばらくぶりに行くその山の懐かしさを、彼女と一緒に楽しみたかった。
ベッドの上でヘッドボードに背中を預け、脚の上のノートPCで文章を打つ。
開発中のシステムと、よく似たものを他店が開発中だという情報が入り、その対抗策をチーム内で練っているところだった。
少しでも他店に先駆けるべきという考えは全員が共有しているものの。
チームの半数は、仕様を減らして完成自体を早め、後から改良をしていけばいいという考えで。
新庄は、予定の仕様はすべて実現し、完全に完成する前のβ版でオープンする方法を推していた。
>理由1.
現状の仕様は、目標の機能に対し最低限にも達しておらず、さらに減らすのは、一時的とはいえシステム自体の意義を曖昧にする。
>理由2.
拡張予定の仕様は、人員と工数をすでに確保してあり、搭載は現実的である。
>理由3.
オープンβという形態は、ビジネスウェアでこそ実績が少ないが、他業種ではもはや当然の公開形式である。これを機に………
日曜の打ち合わせのメモとしてそこまで書いて、もう寝ようと思った。
休暇の最後に、と思っていた大塚との予定が消え、なんだか拍子抜けしたような気分になっているらしい。
黒いネクタイを、急な弔事に備えて会社に置きっぱなしだったかもしれないと考えながら、くわえていた煙草を消した。