オフィス・ラブ #another code
名前で、呼んでみてもらえませんか。
そう言われたのは、いつだったろう。
難しい、と伝えた理由を彼女はすんなりと理解してくれ、二度と言わなくなった。
恵利。
いい名前だな、と思う。
字面も、実にニュートラルで、彼女によく似合っている。
そう呼べたらいいのにと思うことはあるけれど。
これまでのとおりに呼ぶほうが、自分たちの関係にしっくりくる気もするし。
また、頭でわかってはいても、口に出して音になった瞬間、浮かぶのはやはり妹の顔で。
先は長いかもしれない、と最近ではあきらめつつあった。
「爪、何かしたか」
「わかります?」
すごい、とほがらかに笑って、華奢な指をひらひらと振って見せる。
「ラウンドだったのを、スクエアにしたんです。深めのフレンチには、そっちのほうが綺麗だから」
さっぱり意味がわからないが、要するに爪の形を変えたらしかった。
どうりで。
「意外に、よく見てますね」
「別に、見て気がついたわけじゃない」
枕に頭を乗せて、嬉しそうに笑っていた彼女は、その言葉にきょとんとして。
少しの嫌味をこめてその顔を見つめてやると、一瞬目を見開いて、続いて真っ赤になった。
相当痛かったから、自分の背中には、まだ証拠が残っているだろう。
「丸いほうが、助かるな」
「次は、そうしてきます…」
うつむいてしまった恵利に、自分でやってるんじゃないのかと問うと、サロンです、と弱々しい声が返ってくる。