落日の楽園(エデン)
「……あんた、一人で行ってよ!」

 手を下ろせないまま、舞はその台詞を繰り返す。

「だって、病院にはお母さんがいるじゃない。お母さんは私の顔なんか見たくないわっ」

「そんなこと―」

 そう答える彼の方が、痛そうな顔をしていた。

 舞は続く春日の言葉を塞ぐように、手を下ろして、彼を見上げた。

 その瞳は湿気った空気にとりこまれたように、うっすらと濡れていた。

「きれいごとはよして」

 呟く舞の後ろで、始業を告げるチャイムが鳴った。

 そのときになって初めて舞は、まだ周りに生徒たちがいて、自分たちを見ていたことを知った。

 舞は春日に背を向けると、彼を置いてその場を逃げ出した。

 また、彼に、世間体を気にしてると誤解されるだろうとわかっていて。

 それでも、それ以上、そこにいるのは、耐えられなかった。

「舞っ!」

 追いかけてくるその声は、舞に、最後に春日の家を去ったときのことを思い出させる―
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