落日の楽園(エデン)
「介弥っ」
 彼の名を呼び、その腕にすがる。

 介弥は昔してくれていたように、そっとその手で、舞に触れた。

「ごめんね……介弥」

 その言葉に、舞の頭があたたかくなる。介弥の吐息だった。

 彼は少し笑ったようだった。

「なんで謝る?」
「だって、わたし、一人が逃げることばっかり考えてて」

「そうでもないんじゃないか?」
「どうして?」

 介弥は辺りを見回して苦笑する。

「いや、さすがの俺も此処までは大胆にやれなかった―」

 はっとして、周囲を見回す。

 誰もが、ぽかん、と自分たちを見ていた。

 廊下の隅の給水機の後ろから、亮子たちも恐る恐るという感じで覗いている。

 舞と目が合うと、二人は一瞬、びくりとしたが、やがて笑みを浮かべて小さく手を振った。

 舞はその友人たちの顔に、一気に緊張が解けた気がした。
< 59 / 65 >

この作品をシェア

pagetop