今、鐘が鳴る
注文して放置しておいた食事を2人で食べた。

「自分、泊まりはあかんねんなあ?」
名残惜しそうな泉さんが可愛くて、つい笑顔になってしまう。

「そうですね。お泊まりは、準備と覚悟が必要ですね。」
「ほな、毎日とは言わんし、昼間、逢えへんけ?」

こんな風に?
まあ、2回生の後期ともなるとだいぶ講義は減ってるから、できないことはないけれど。
けれど……。

「大学の近くの場所にしてくださるなら……。時間もこんなに長時間は無理かもしれませんけど……。」

恋慕というより介護のような気分でそう言った。
今の痛々しい泉さんを突き放すことは、私にはとてもできなかった。

……もちろん、碧生(あおい)くんのことを考えると、罪悪感でいっぱいになる。
泉さんに抱かれても、どんなに気持ちよくても、常に碧生くんが脳裏から離れない。

気が付けば、碧生くんに教えてもらって読んだ『とはずがたり』に共感していた。




それからも2日と空けず、私は泉さんの抱き枕になった。

朝から午後までの時もあれば、夕方までの日もあった。
泉さんは私と一緒だと、眠れるだけじゃなくて、食事もちゃんと摂ってくれた。
目の隈が薄れ、骨張ったお顔が以前のお顔に戻ってきた。

「競輪祭はまともに戦える気がしてきたわ。百合子のおかげやな。」
一眠りした後、遅いランチを取りながらそう言われて、ホロッと涙がこぼれた。

「泣かんでもええやん。」
泉さんは、お箸を置いて、私を胸にかき抱いた。

たくましい胸と腕に包まれて、私は安心感で泣きじゃなくった。
自分の役目は終わったような気がした。
これだけ復調してくれたなら、もう大丈夫よね。

「競輪祭、来るけ?」
そう誘ってくれた泉さんに、心苦しいけれど正直に言った。
「行かない。東大の学園祭に案内してもらう約束してるの。」

私を抱きしめる腕に力がこもった。
そのまま無言で、ベッドに運ばれた。
びっくりするぐらい切なげに、大事そうに、泉さんは私を抱いた。


泉さんとの逢瀬を何度も繰り返すうちに、背徳感すら快楽を助長していることに気づいた。
義人さんもこういう想いで私を抱いていたのだろうか。

ちょっと違うけど、碧生くんはジェラシーが恋愛のスパイスだと言っていた。

お互いだけを見つめている恋愛に憧れているはずなのに……現実はこんなにもドロドロ。

でももう、やめよう。

今日を最後にしよう。

そんな決意をしながら、全身で泉さんを求めて快楽を貪った。

泉さんも額に汗して、私に熱を打ち込んでいた……その時だった。
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