今、鐘が鳴る
「ごめんなさい……」
本当にそれしか言えない。

碧生くんはため息をついた。
「俺はいいよ。でも、俺以外の人達には、すまして知らんぷりしてるんだよ。なかったことにするんだ。嘘もつき通せば真実になるからね。特に奥さんは、そのほうがいいだろ?」

なかったことに……なるわけない。
ドアの向こうの奥様に叫んだ泉さんの言葉を思い出して、私はぶるっと震えた。

「百合子は、泉さんとは関係ない。身体を壊した泉さんを心配して世話を焼いただけ。いいね?」
碧生くんの有無を言わせぬ雰囲気に、渋々うなずいた。

すると碧生くんは微笑んで、軽いキスをくれた。
「百合子は、泉さんが既婚者だとは知らなかった。そうだね?」
「……泉さんも以前そう言ったわ。泉さんに騙されてたことにすればいい、って。」

私がそう言うと、碧生くんは複雑な顔をした。
「そっか。じゃ、それに甘えよう。百合子は泉さんに騙されていた。そういうことにするんだよ。」
うなずくと、涙がポタポタとこぼれ落ちた。

「イイ子だ。」
そう言って、碧生くんは私の涙を払って、キスしてくれた。

「百合子は、俺のことが、好き。」
「それは本当よ。好きよ。」
真面目にそう言うと、ピン!と軽く鼻をはじかれた。

「違うでしょ?それ『も』!本当でしょ?」
「……も。」
「はい、もう一度復唱。」
「それも、本当よ。」
子供のように繰り返してるうちに、何だか笑えてきた。

「何が?本当?」
碧生くんも笑顔になった。

「碧生くんが好き。」
私がそう言うと、碧生くんは甘いキスをくれた。

「百合子は、俺を愛してる。」
洗脳のように目を覗いてそう言う碧生くん。

「私は、碧生くんを愛してる。」
自分の言葉に、体の奥が疼いた。

「いい子だ。」
そう言って、碧生くんはさっきよりも深くキスしてくれた。

唇が離れるのが嫌で、もっと……と、つい舌が追いかける。
「やらしい。百合子。かわいくてゾクゾクする。もっとねだって。」

そう言う碧生くんの目も情欲が燃えていた。
碧生くんの首に両腕をまわして、唇を少し開いて、じっと見つめた。

「碧生くんで、いっぱいにして。」
私の心にも体にも、もう他の誰も入り込めないように。

碧生くんのお部屋には、ベッドも6畳間の和室もあるのに、私達は不自由なソファで愛し合った。

……何度も何度も満たされて……気づいたら、外は暗くなっていた。
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