今、鐘が鳴る
「お腹すいた?」
そう聞かれて、家で朝食をとって以来何も食べてなかったことに、はじめて気づいた。

「すいてない。のどはカラカラだけど。」
ふふっと笑いがこみ上げた。

「どうしたの?」
碧生くんが私の乱れた髪を整えてくれながらそう聞いた。

「私、ちゃんと碧生くんのことが好きなんだな、って改めて思ったの。幸せでお腹すかないなんて。」

……この2週間……泉さんに抱かれた後は、普通にお腹がすいてたのに。

碧生くんは苦笑して、ため息まじりに言った。
「百合子は『ツンデレ』っぽいけど、どこまでも純粋培養のお姫さまなんだね。一見クールビューティーなのに、危なっかしくて、子供のまんま。なのにエロいんだから、敵わないよ。」

エロい?
返答に困ってると、碧生くんはクスッと笑った。

「俺はお腹がすいた。百合子も食べないと、ダメ。何か作ろうか?お姫さま。」
「碧生くんが?作れるの?」

驚く私に、碧生くんはウインクした。
「人並みにはね。子供の頃から自炊みたいなもんだったから。百合子は包丁も握ったことないんじゃない?」

……あるもん……調理実習で。

情けないので口をつぐんだ。


碧生くんの手料理は、口惜しいけど、美味しかった。
男の料理ではなく、ちゃんと気の利いた家庭料理のようだ……ただし、アメリカの。

コーンとミルクのオートミールリゾットなんか、はじめて食べた。

冷蔵庫には、アボガドディップ、トマト缶、チーズ、バター……英語表記の商品がいっぱい。
なにより、もうすぐ冬なのにバケツサイズのアイスクリーム!

「こんなのどこで買うの?」
「コスコ。行ったことない?京都にもあるでしょ?……あ、日本だとコストコ、だ。」

コストコ!
独り暮らしなのに、コストコ!

「碧生くん、35歳過ぎたら絶対太るわ……」
私がそう言うと、碧生くんは微笑んで恭しく片膝をついた。

「じゃ、百合子も道連れにしよう。一緒に幸せなメタボ夫婦にならない?」
冗談だと思ったら、大きなサファイアの指輪を差し出された。

「メタボは、嫌。」
思わずそう言うと、碧生くんはポンッとサファイアを私のてのひらに乗せてくれた。

「残念。2度めのプロポーズも失敗か。ま、いいや。ちょうど出逢って1年だろ?記念にもらっといて。」

……嫌なのはメタボであって、プロポーズを断ったつもりはなかったのだけど……どうも訂正するタイミングを逃してしまったようだ。

私も、残念!
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