今、鐘が鳴る
「ごきげんよう。」
「はい、こんばんは。」

京都育ちのまだ若い若宗匠は、私の「ごきげんよう」という挨拶がツボらしく、挨拶だけでいつも笑顔になる。
今日は上巳(じょうし)の節句なので、若宗匠が親しいかたをお呼びして夜のお茶会を開かれる。

「ま、合コンだと思って気楽に参加してください。」

実は合コンに行ったことのない私は、そう言われると逆に緊張した。

「お手伝いさせていただかなくてよろしいのですか?」

水屋仕事をするつもりで段ぼかしの無地を着てきたのだが、若宗匠はニッコリ微笑まれた。

「女の子の節句ですからね、お姫様でいてくださってけっこうですよ。人数も少ないですし。」


いつものお茶室を待合代わりに使わせていただく。
しばらくすると、女性が1人いらした。

……ちょっとお茶室にはそぐわないと言っては失礼だろうか……それこそ、合コンで男の人にもてそうな可愛い女性。
なるほど、若宗匠はこのかたと仲良くなりたいのだな、と私は理解した。

「こんばんはー。さやかです。私、習い始めたばかりで、よくわかんないんです。教えてください。」
「……橘です。素敵なお着物ですね。」

さやかさんには似合ってないし寸法も合ってないけれど、イイものには間違いないのでそう言った。

「ありがとうございます。このお茶会に誘っていただいて慌てて買いに行ったんですけど、着物ってすぐ着られないんですね!出来上がってるのってコレしかなかったんです。」

私はそれ以上何も言えなくなってしまった。
とりあえず、さやかさんはお茶も着物も初心者。
でもこのレベルの着物を無条件に買える裕福なお嬢さん。
そして、若宗匠のお気に入り。

「あと1人、どんな人が来るんでしょうねえ。かっこいい男性って聞いてるんですけど。」
さやかさんがキョロキョロ見回して言った。

「……そうですか。」

本当に合コンなのね、これ。

「それにしても、冷えますね。3月なのに。」
さやかさんはそう言って、炉のそばに寄った。

あ……帯が歪んでる。
直して差し上げたいけど、どう言えばいいのかちょっと逡巡していると、玄関に誰かが来た。

「来たかも!」
立ち上がったさやかさんに慌てて声をかけた。

「お待ちになって。帯が……」
「え!嘘!おかしいですか!?早く言ってくださいよぉっ!」
気恥ずかしいからかそう喚(わめ)くさやかさんに、閉口した。

直して差し上げようとしたけれど、さやかさんは自分でやみくもに帯の垂(たれ)を思いっきり引っ張った。
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