今、鐘が鳴る
ナイフで橙を切り、果汁を搾る碧生くんを眺めていた。

「どうするの?それ。ジュース?飲むの?」
「ポン酢にするんだよ。」
ポン酢?

「……ポン酢って買うものだと思ってたわ。自分で作れるの?」
私の問いには碧生くんじゃなくて、お庭から上がってきた恭匡さんが答えた。

「作ったほうが美味しいからね。やれやれ。百合子には優秀な調理師さんが必要だね。碧生くん、歴史学者の薄給じゃ、このお姫さまはとても養えないよ。よかったねえ、お家が裕福で。」
身も蓋もない言われように、私は恭匡さんを睨む。

「恭匡さんだって同じようなものじゃないですか。由未さんがいらっしゃらなきゃ。それに私、嫁がずに家にいることにしましたの。今まで通り、お手伝いのかたがやってくださいますわ。」

恭匡さんは、怒るかと思ったのに、笑った!
「なるほど、確かに純粋培養だ。」

馬鹿にされてる!

そりゃ私は、あなたがたのように東大に合格できる学力もなければ家事もできないけど……。


「いいやん。知織ちゃんかて、家事ひとっつもできはらへんで?一条さんがそれでいいって言うから、今後もしはらへんやろし。お互い納得してたらそれでいいんちゃう?ねえ?碧生くん?」

由未さんが土鍋を持ってやってきて、そう言った。
……知織さん、つまり旧姓大村さんも家事ができないと聞いて、私は心底ホッとした。

「うん。俺の母親も何もしない。その分俺が何でもできるから、いいんじゃないの?」
碧生くんの言葉に自然と頬がゆるんだ。

目ざとく、恭匡さんが指摘した。
「百合子、とろけそうな顔してるよ。すごいね、碧生くん。たった一年でこの従妹をこうも変えるとは。」

碧生くんは苦笑した。
「それは違うよ、やすまっさん。百合子は何にも変わってない。ただ、心を開いてくれただけ。本当の百合子を見せてくれるようになっただけだよ。ね?」

本当の、私?
今のこの、どうしようもなく甘ったれな私が?

由未さんが準備してくれたのは、焼き肉。
……買ってきたお肉をお皿に並べるだけなら私にもできるのに……

ちらっとそう思ったけれど、甘辛いにんにくたっぷりのたれも、ポン酢も手作り、ご飯は土鍋で炊いて、囲炉裏の鉄鍋には酸辣湯(サンラータン)、お漬け物も自家製と聞くと……脱帽だ。

私には何一つできない。

そして、七輪で焼くお肉は格別美味しかった。
もちろんお肉自体も、恭匡さんこだわりの「近江牛」。
お肉が甘い!
私、基本的に脂は苦手なのに、この酸辣湯がスッキリさせるのね。

珍しく私は満腹になるまで食べてしまった。

「すごいわ!由未さん!ほんっとうに美味しかったわ!一緒に暮らしたいわ!私も!……でも、毎食お腹いっぱいになるまで食べたら、メタボになるわね。」

碧生くんが、プッと笑った。
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