今、鐘が鳴る
食後の後片付けは、無理矢理やらせていただいた……碧生くんと一緒に。

「洗い物は俺がするから。」
さっき刺した傷をかばってくれてるのだろうけど、土鍋や大きなお皿を拭くぐらいしかさせてもらえなかった。

結局役にたたないわ……私。

碧生くんも由未さんも、恭匡さんでさえも!まだお片付けをされているのに、私は先にお風呂に入るよう言われた。

湯船に浮かんだ橙をもてあそんでいじけていると、ボロッと皮が割れて、中から果汁や種が出てきてしまった。

こんなにもろいと思わなかった!
慌ててせめて種だけでも拾おうとしたけれど、いくつあるのかよくわからなくて……少しのぼせてしまった。



「百合子さん?大丈夫?……じゃない!?大変!碧生くーん!来て―っ!」
由未さん、大丈夫よ。
そう言ったつもりだったけれど、声にならず目の前が暗くなっていく。

碧生くんが湯船から抱き上げてくれると、重力がズーンと全身にかかる不快感で目が覚めた。
「恥ずかしい。」
今度はちゃんと声が出た。

「今さら?……かわいいよ。」
碧生くんはそう言ってバスタオルをかぶせてくれた。



「ごめんなさい、お湯、濁してしまいましたわ。」
由未さんが貸してくれた浴衣を、何故か碧生(あおい)くんに着させてもらってから、恭匡(やすまさ)さんがひえぴたシートを持ってきてくださった。

「気にしなくていいのに。見た目が綺麗だから今日は実のまま浮かべたけど、いつもは洗濯ネットの中で揉み絞ってるんだし。」

……そういうもんなの?

「今日は、橙(だいだい)に振り回されてる気分です。由未さんのポン酢は美味しかったのに。」
ため息をつくと、恭匡さんがちょっと笑ってから、表情を改めた。

「百合子は、橙の木を見たことある?」
「いいえ。たぶん実を見るのもはじめてですわ。」
「そう?うちには伊豆の遠縁から毎年送られてくるんだけど、橘のおばさまとは仲良しじゃないのかな。橙、お正月の鏡餅の上に乗ってるじゃない。」

……あれ、ミカンじゃないの?
恥ずかしいので黙ってると、恭匡さんは気にせず続けた。

「橙はね、冬に実って橙色に色づくけど、収穫しないで放置するとどうなると思う?」
「……腐るか、鳥に食べられるんじゃありませんの?」

恭匡さんは、ニヤニヤ笑ってうなずいた。
「普通はそうだよね、でも橙は違うんだ。春になると青い色に戻ってそのまま木になってるの。で、次の冬にまた橙色になるんだよ。すごくない?」

え!
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