今、鐘が鳴る
あ……。
お太鼓がべろーんと伸びた。

「いや~~~!」
さやかさんは泣きそうな顔でそう嘆いた。

「……大丈夫です。すぐ直りますわ。」
そう言ってさやかさんに近寄った。

「せっかくがんばって着てきたのに……」
しょんぼりしてるさやかさんの帯締めを解いて、お太鼓を直してさしあげた。

「はい、どうぞ。ご自分で着られたんですか。襟もお端折(はしょり)も綺麗に着てらっしゃいますわ。」
そう褒めると、さやかさんはうるっと涙を浮かべた。
「ありがとうございます。」

……かわいいな。
私がそう思うのだから、そりゃ男性はたまらないだろう。
こういうかわいげが私にもあればいいのに。

うらやましく感じてると、
「失礼します。」
と、ふすまの向こうから声がした。


胸がきゅーっと締め付けられた。


この声……。
……身体が勝手に震える。



「はーい。どうぞ~。」
さやかさんの声が1オクターブ上がった。

私はうつむいて、膝に置いた手の指に力を込めた。



ふすまを開けて入ってきたのは……義人さん。
どうして……。



「こんばんは。遅くなりました。竹原です。」
私は黙って手をついて頭を下げた。

「え~!マジでかっこい~!嘘~!」
隣でさやかさんがはしゃいでいることに、ちょっと救われた。




義人さんの到着を待って、若宗匠が奥の茶室に案内してくださった。
お床のお軸は「鐘聲七條」。
……珍しいな。

和蝋燭のぼんやりとした光の中、朱塗りの盃でお酒をいただく。

「あれ?橘さん、二十歳越えてましたっけ?」
飲み干してから若宗匠がそう聞かれた。

「……誕生日はまだですが、成人式は終わりました。」
すましてそう言うと、義人さんがぷっと吹き出した。

……笑われてしまった。

「俺の分も飲んだらいいわ。つぶれても、車で来てるから送るし。」
義人さんの言葉に、若宗匠が首をかしげた。
「知り合い?」

義人さんが涼しい声で答えた。
「妹の旦那さんの従妹。」


お酒をいただきながら、そしてその後のお膳を1つ1ついただきながらも、私は視界に入ってくる義人さんが気になって仕方なかった。
さやかさんほどおおっぴらに見てないけど、まあ、義人さんにはバレバレだったろう。

「寒いと思ったら、雪が降ってきましたね。」
一汁三菜をいただいた後、八寸とお酒を楽しみながら若宗匠が仰った。
「綺麗~!」
雪見障子を少し開けたさやかさんの言葉にうなずきながら、そっと義人さんを見た。

義人さんも私を見ていた。

視線が絡み合う。
それだけで、身体の奥が甘く疼いた。

「……綺麗やな。」
義人さんは、雪ではなく私を見てそう言った。

……勘弁してください。
身体が勝手にモジモジしてしまう。

あれからもう何年も過ぎたのに。

心も身体も、義人さんを忘れられてない。

……想ってもどうしようもないのに。
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