今、鐘が鳴る
今年のお正月は賑やかだった。

毎年元日は朝一番に氏神さんにお詣りした後、義父の会社の重役さん達がご家族と一緒にご挨拶に来られるのをお迎えするのだが、その席になぜか碧生(あおい)くんも同席した。
……私の婚約者と知らしめたようなものだった。

「ねえ。俺、ちょっと出ていい?」
夕方、碧生くんがそう聞いた。
「どうぞ?……どこ行くの?」
「やすまっさんが~、朝から観世会館の謡初式(うたいぞめしき)に行ってんだけど、そのまま、旧知の能楽師さんのお屋敷の新年会に交じってんだって。俺も紹介してくれるって。」

碧生くんの言葉に、ハッとした。
「謡初式……そうね、元日だったわね。ごめんなさい、気づかなくて。昔、恭匡(やすまさ)さんのお父さまとよく行きましたわ。」

碧生くん、本当は恭匡さんとご一緒に謡初式に行きたかったんじゃないかしら。
なのに何も言わないでうちの行事に参加してくれたのね。

「そっか。百合子も知ってるんだね。じゃあ、一緒に行く?」
そう誘われて、私は首をかしげる。

「由未さんもいらしてるの?」
「いや。由未は兄妹で歌劇。初日なんだって。」
……元日から華やかねえ。

「無礼講の飲み会になってらっしゃるはずですから、私は遠慮いたしますわ。」
笑顔で送り出した。

基本的に、私は飲み会が苦手。
特に、参加人数が増えて会の規模が大きくなればなるほど居心地が悪くなる。

……後期試験終了の日に新ゼミの飲み会があるのが、今から億劫なぐらい。
行きたくないな……。



碧生くん達が東京に戻りお正月休みが終わると、後期講義はラストスパートに入った。
一般教養や語学は仕方ないとして、専門講義の中には試験ではなく講義最終日にレポート提出で終わる科目もあり、図書館や生協のコピー機に人が集まった。
私は淡々と義務をこなし、後期試験もそつなく終えた。



2月の1週めで既に暇になった私は、碧生くんのためにバレンタインデーのチョコレートケーキでも作ってみようと、毎日試作を重ねた。
焦がしてしまったり、膨らまなかったり、かたくなったり……なかなか上手にできなくて、その都度捨てるのはもったいないので、お手伝いのキタさんがラスクや、砕いてチョコとと混ぜてトリュフに作り替えてくれた。


……私が成功したチョコレートケーキより、キタさんの廃品利用のお菓子のほうが美味しかった。
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