今、鐘が鳴る
「それはそうと、しょーりにテレビが密着してたよ。」
テレビ?

「専門チャンネルで、泉さんの特集番組をするんですか?」
碧生くんが中沢さんにそう尋ねる。

「それが民放なんだよね。たぶん芸人が司会する決勝戦の番組で流すんじゃないかな。ということは、施行者は何としてもしょーりを決勝戦に乗せると思うよ。これ、車券のポイントね。あ、水島くんも映ってると思うよ。」
中沢さんはそう言って、「じゃ!」と去って行った。

せっかくアドバイスをもらったので、泉さんの車券を買おうとした。
でも泉さんは特選レースなので、今日は9着でも勝ち上がれる。
引っ張ってくれる若手もいないようなので、やめておいた。
結局、泉さんのレースを見ずに競輪場を出た。


……私がおねだりした箱根は、静岡競輪場から1時間半以上かかるらしい。
「4日間、日参するには遠かったね。」
碧生くんはそう言ったけど、私はかなり楽しかった。

「全然!箱根大好き。1号線もいいけど、明日の朝は県道337を通ってね。」
首を傾げつつ了承してくれた碧生くんは、翌朝、あまりの急坂と荒い道に愕然としていた。
「雪がなくってよかった……百合子がこういうスリルを楽しめるとは、意外だったよ。」

エンジンブレーキをかけて対向車が来ないか、ピリピリしながら傾斜14度の坂を下りきった碧生くんは、大きくため息をついた。

「うん、大好き。今度、滋賀から三重に抜ける八風街道も走ってね。新しい石榑トンネルじゃなくて、旧道のほうよ。」
碧生くんは苦笑していた。



箱根のお宿は、碧生くんらしいセレクトだった。
今回の旅行は3泊だったが3日とも違うお宿。
ネームバリューや規模ではなく、源泉掛け流しでお料理の美味しい、サービスの行き届いたお宿を、塔ノ沢、強羅、仙石原と移動した。
謡のお仲間から教えてもらったらしい……さすが、遊び慣れた通人のおじさま、おじいさま達。
「伊豆半島にもイイ宿がいっぱいあるらしいよ。また来ようね。」
私達は、水島くんの応援を理由に、2人の旅を満喫した。



水島くんは、中沢さんの言ってた通り、二次予選で敗れた。
でも、3日め、4日めも果敢な先行で連に絡み、全国の競輪ファンに存在をアピールした。

泉さんは、初日は8着だったが、2日めの二次予選で2着、3日めの準決勝で3着……本当に決勝戦に乗ることができた。
せっかくなので決勝戦は見て帰ることにした。


噂の泉さんの番組は……碧生くんがスマホで見せてくれた。
……泉さんが綺麗な奥様と笑っていた。
仲直りされたのね。
ホッとしたと同時に、少しだけ胸が痛んだ。

毎朝、奥様が車で誘導して街道練習、一緒にランチ、一緒にジムの後、バンク練習。
「ラブラブアピールすごいね。ここまでされると嘘くさいけど。まあ、よかったんじゃない?」

碧生くんですら苦笑いしていた。
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