今、鐘が鳴る
義人さんは、由未さんの3つ上のお兄さん。
つまり、私にとって本当は異母兄ということになるらしい。

そんなこととはつゆ知らず、私は幼い頃から義人さんに憧れていた。
家柄とか身分とか主従とか……当時の私の価値観を全て覆しても、義人さんに好かれたかった。

どんなに執着しても、追いかけても、義人さんにとっての一番は妹の由未さん。
……それだけでもうらやましいのに、天花寺(てんげいじ)本家の恭匡(やすまさ)さんまで由未さんに優しくて……何度私がお願いしても教えてくださらなかった書を由未さんに教えてさしあげてるのを見て……逆上して由未さんを詰り、手を上げて、傷つけてしまった。

何年たっても、たぶん何十年たっても、あの苦い後悔を忘れることはないと思う。
怯えた由未さんの目、恭匡さんの非難、そして義人さんの冷たい蔑視。

……義人さんは、確かに私を蔑(さげす)み、貶(おとし)めていた。
表面上は優しくしてくれたけれど、いつまでも私を許してくれなかった。
それがわかっていながら、私は義人さんを追い続けた。

猛勉強して同じ学園に入ってみると、義人さんは常に複数の女性と浮き名を流していた。
それなら私も!と、恥を捨てて私は突撃と玉砕を繰り返した。

「やめとき。俺が百合子をどう想ってるか、わかってるやろ?」
冷たく拒絶されるたびに、私の中に暗い情念が燃え上がった。

「後悔するで。」
何度そう言われても、あきらめられなかった。
「……復讐と思ってください。愛してもらえるとは思ってません。」
捨て身の私を、義人さんは拍子抜けするぐらい優しく抱いた。

「阿呆やな。百合子。阿呆過ぎて、かわいいわ。」
その言葉だけで私は、充分だった。
愛されていなくても、ひとときの幸せだけで生きていける。
哀れな母のように。
本気でそう思っていた。

一度きりで終わるとばかり思っていたが、その後も逢瀬は続いた。
決して幸せばかりじゃなかったけれど、抱かれてる時だけは全てを忘れられた。

薄氷を踏むような日々は1年足らずで壊れた。
竹原……義人さんのお父さんが、母の想い人とわかり、私との血のつながりが明らかになった。

私より先にその事実を知った義人さんに幾度となく終わりを告げられても、私は納得できなかった。
今更、なかったことにはできない。
……ただ、義人さんを、狂おしいほど愛していた。






いつの間にか、お庭にも蝋燭の光がゆらゆら揺れていた。
「雪が積もって、光が映えて綺麗ですよ。」

若宗匠が貴人口を少し掲げてお庭を見せてくださった。
「さぶっ!」
さやかさんの声に、慌てて若宗匠が戸を閉めた。

……せっかく綺麗なのに……残念。
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