今、鐘が鳴る
「自分、真面目やなあ。」

……この場合の「自分」は第一人称じゃなくて第二人称で碧生くんを指すらしい。

「あれ?自分……振袖の子やん。」

今度は私のことを「自分」と言ったようだ。

ああ、そうだ。
思い出した。
観梅茶会の帰りの新幹線に居た人だ。

ギラッと光った目に射すくめられて、背中に震えが走った。

「百合子(ゆりこ)、お会いしたことあるの?」
碧生(あおい)くんが怪訝そうに聞いてきた。

「……新幹線で近くの席に乗り合わせました。」
私は無意識に、碧生くんの服の裾を握っていた。

「薫のつれ?の?彼女?」
水島くんの師匠さんがそう聞くと、碧生くんは
「はい!」
と言った。

不思議と嫌な気はしなかった。
むしろ、さらに碧生くんのほうににじり寄った。
……この怖い人から助けて!とばかりに。

師匠さんの隣で水島くんが一瞬、目を見開いて、その後ずっとニヤニヤ笑ってた。

「ふーん。ま、ええわ。泉。自分は?」
師匠さんの仰った言葉の意味がわからなくて、思わず碧生くんを見た。

「泉さん、とおっしゃるのですか?彼女は橘百合子です。」
私の代わりに碧生くんがそう答えてくれた。

……いずみさん。

「せや。泉 勝利(かつとし)や。」

……いずみかつとし、さん。

泉さんは、運ばれてきたお料理をガツガツ平らげていく。
美しいとはとても言えないお箸遣いに、何だか呆気にとられた。

お箸でおかずの小鉢を手前に引き寄せるのに至っては……よくバランスを崩さないなあと、変な感心すらした。

……私が今まで接したことのないタイプの人だった。

「自分ら、これから観光でもするん?」
お茶をすすりながら、泉さんがそう聞いた。

……お番茶を飲むのにこんなにも音がたつものなのか、とまた驚いた。

「はい。西大寺に行こうと思ってます。」
碧生くんの返答に、泉さんは興味なさそうに相づちを打った。

「ほな、気ぃつけて。薫、行くわ。あとでバンクで。」

……ばんく?……銀行?



泉さんが行ってしまってから、私は意を決して質問した。
「あの、先ほどからお話が見えなくて、教えていただきたいのですが……水島くんと泉さんの職業は、自転車のレーサー?テレビでツール・ド・フランスを見たことがありますが、また違うのですか?」

師匠?S級?機関車?バンク?
何だか私の想像するモノとは違う気がする。

師匠がいなくなって緊張が解けたらしく、水島くんはさっきまでの明るさを取り戻して教えてくれた。

「ああ、俺はもともとそっち。アメリカでロードレースやっててんけど、日本に帰国したらロードで食うのはしんどそうでさ。実業団も考えてんけど、結局、競輪学校に入った。」

けいりん?
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