今、鐘が鳴る
西大寺にも、程なく到着した。

「……私、東大寺には遠足で来たけど……西大寺って駅の名前しか知らなかったわ。お寺もあったのね。」

どうしてあまり有名じゃないのだろう。
大きくて立派なお寺なのに。

「ココは、おっきい茶碗でお抹茶を飲むことで有名なんだけど……ニュースで見たことない?」
「あるわ!そう、ここなの。」

立派な塀と門、広々とした伽藍、いくつもある大きなお堂。
どう見ても江戸時代ぐらいの古い素敵なお寺に見える。

「本当は13時にココに来たかったんだけどね。団体客のお茶席が入ってたから一緒に参加させてもらう予定だったの。残念。」
「……そう。」

イロイロ考えてくれてたことには感謝しつつも、あまり惜しい気はしなかった。

「でも、静かに散策するだけでも楽しいわ。落ち着いたイイお寺。」
私がそう言うと、碧生くんはうなずいた。

「奈良時代には東大寺と同じぐらい大きなお寺だったんだろうけど、何度も火災に遭って一旦は廃寺にもなったらしいよ。江戸時代に復興したらしいから……奈良じゃなければ充分、歴史のあるお寺として大事にされてるだろうね。」

……確かに、ココは奈良だものね。


本堂にお参りした後、碧生くんに引っ張られたのは愛染堂。

「……このお堂は奈良っぽくないのね。」
何も考えずにそう口にしたら、碧生くんは顔を輝かせた。

「正解!これ、江戸時代に京都の御所にあった近衛家の政所御殿を移築したんだよ。」
「近衛さんの……どうりで……。」

何となく馴染み深く感じて、私は建物の周囲も丹念に見た。
その間に、碧生くんはお堂に詰めてらっしゃるおじいさんのところへ行った。
また、あれこれ質問してるのだろうか。
熱心だなあ。

しばらくしてようやく碧生くんがお堂から出てきた。
「建物だけじゃなくて、ちゃんとお参りした?はい。これ。」
手渡されたのは、御朱印。

「せっかくここまで来たんだし、ね。」
「ありがとう。」
まだ墨の乾ききっていないご朱印をしげしげと眺めた。

「この2週間で、百合子、だいぶ俺に慣れたよね。敬語じゃなくなった。」
ご朱印を大事そうに手帳に挟みながら、碧生くんは私の反応をうかがうようにそう言った。

……言われてみれば、そうかもしれない。

「そうね。碧生くん、強引に振り回してるようで、ちゃんと私のことも考えてくれてるし、エスコートしてくれてるから意外と……」
居心地いいみたい、という言葉は飲み込んだ。
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