今、鐘が鳴る
周囲のおじさん達が、好き勝手なことをわめき出した。
応援もあるけど、聞くに堪えないような罵詈雑言もある。
放送禁止用語や差別用語の羅列。
……何だかひどい。

「気にしなくていいよ。しょーり、聞いてないから。」
ひどい野次に涙目になった私に中沢さんがささやいた。

それでもいつまでもしつこくわめくおじさん達に腹が立って、
「泉さん!負けないで!」
と、叫んだ。

……聞いてないはずの泉さんがこっちを見た。
薄い唇の端がつり上がって、ちょっと笑ったように見えた。

号砲が鳴って、ガシャンと音が鳴り、9人がスタート台から走りだした。
「ゴール前に移動するよ。」

中沢さんに言われて25m先のゴール前へと移動した。
ココのバンクは周長400m。
5周走るので、2025mの勝負ということらしい。
25m前からスタートした誘導の選手に追いつきながら、隊列が整っていく。
1周回ってきたところで、泉さんの横に7番車の選手がピッタリとくっついてきた。
2人は小競り合いのように、何度も軽くぶつかり合っているように見える。

「お嬢様の『負けないで』で、しょーりのマーク屋魂に火がついたな。」
ニヤニヤと笑ってる中沢さん。

「中沢さん、楽しそうですね。」
「だって、僕、しょーりのキレた競走大好きだもん。ガンガンやってほしいね。」

ガンガン……。
そんな恐ろしい。
残り2周半で、バンクの中で係の人が「まわって、鐘!」と叫んで準備を始めた。
そして残り1周半、鐘が鳴る。

カーンカーンカーンカーンカーンカンカンカンカン……カーン

白い1番車の後ろで、泉さんがオレンジの7番車に当たられた。
負けじと泉さんも頭突き!
7番車に比べると身体の小柄な泉さんなのに、対等どころか優勢!すごい!

「おおおおっ!」
中沢さんが雄叫びのような歓声をあげている。
泉さんが内側から7番車を外へ外へと押し上げた。
すごい……体格差をものともせず、泉さんは番手を守った。
7番車はずるずると下がっていった。

「よぉーし!」

残り半周のバックで、関東ラインの3人が上がってきた。

泉さんは後ろを振り向き振り向き、関東ラインとの距離を測って、大きく外に振った。
関東ラインの前の選手が、弾かれたように失速した。

でもすかさず関東ラインの2番手だった赤の3番車の選手が泉さんの内側へと突っ込んできた。

泉さんは、今度は内側へと滑り込み、3番車の選手にぶつかった。

……2人の自転車がガシャン!と悲鳴をあげて歪み……2人は地面にたたきつけられた。
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