今、鐘が鳴る
「めんどくさい女、苦手やねん。泣くんやったら、これで終わりや。」
心が凍り付きそうな冷たい声と言葉。

「……泣きません。」
涙をこぼさないように顔を上げて、そう言った。
泉さんが鼻で笑った。

くやしい。

「手。ください。」
スンッと鼻をすすってから、右手を差し出してそう言った。

怪訝そうに泉さんが左手を突き出した。
「なんで?危ないことせんといてや。運転中やで。」

……刺されるとか、噛まれるとか、思ったのだろうか。

「触れるだけです。」
プンッとそう言って、泉さんの左手に両手をからめた。
「……手ぇフェチか。」
泉さんがそうからかった。

「そうかもしれません。泉さんは?何フェチですか?」
「俺?……パンスト。」
真面目に答えられて、思わず吹き出してしまった。

「何で?剥き出しよりエロいやろ?」
ムキになってそう主張する泉さん。
「次は着物じゃなくて洋服で、オールスルーシームレスのパンストで誘惑しますわ。」
私はそう言って泉さんの左手に口づけた。

「小娘が!」
泉さんに鼻で笑われた。
くやしいので、泉さんの中指に軽く噛み付た。
「……何やってんねん。」
驚いて引っ込めようとした泉さんの手を逃さず、しつこく甘噛みしたり舐めたりし続けてみた。

泉さんの股間の反応を確認してから、やめた。
「……続きは後日。桜、見えるとこ、探してくださいね。散る前に。」
挑戦的にそう言ってから、鞄の中からウェットティッシュを取りだして泉さんの指を拭った。

「今日日(きょうび)のお嬢様って、こんなん?信じられんわ。……彼氏に仕込まれたんか。」

ドキッとした。
彼氏って、碧生くんのことよね。

「……あの人とは、そういう関係じゃありません。」
背筋を伸ばして顔を上げて泉さんにそう言った。

「ふぅん。どうでもええわ。」
興味なさそうに泉さんは吐き捨てたけれど、しばらくの沈黙のあと、ボソッと言った。

「薫に内緒やで。」
水島くんに内緒……って、どうでもよくないんじゃない。

「私も内緒にしておいてほしいです。……中沢さんにも。」
「先生?そら、もう遅いわ。バレバレやろ。」
あっけらかんと泉さんは言った。

「……そうですか。」
ため息が出た。

静かになった私の様子が気になるらしく、泉さんは信号のたびに私を見て何か言おうとしていた。

背筋を伸ばしてすまして前方を見つめて無視している私に、泉さんはだんだん苛立ってきたらしい。

「あー!辛気くさい女やなぁ!もう!」
と、爆発した。
< 45 / 150 >

この作品をシェア

pagetop