今、鐘が鳴る
「ほんとはね、やすまっさんの車が欲しかったんだけどね~。」
運転しながら碧生くんはそう言った。
「もう10年以上前に廃盤になってるのに未だに大人気なんだよ、あれ。」

……確かに、恭匡さんはずっと同じ車に乗ってらっしゃる。

「恭匡さんのお車は4ドアですけど、この車は2ドアですのね。これじゃ2人しか乗れませんね。」
「ああ、それはいいんだ。どうせ普段は乗らないから。この車は、百合子専用。」

……は?

「おっしゃる意味がわからないんですけれど……」
「うん。百合子に乗ってもらうために買ったの。」

事もなげにそう言う碧生くんに、私は不信感でいっぱいになった。

「私、あまり東京に参りませんし、家の用事で来る時は母も一緒のことが多いんですけど。」
「そっかぁ。じゃ、お母さんが一緒の時は、やすまっさんの車借りよっか?とりあえずは、これは百合子のイメージ。イイ色でしょ?」

何て言ったらいいのか、わからない。
この人、本当に頭いいんだろうか。
由未さんと同じ、東大生と聞いてるけど……。

まあ、京大生も東大生も、テストに強いだけで、常識のない馬鹿はいっぱいいる。
……大学入学当初、京大のテニスサークルの強引な勧誘と勘違いっぷりに辟易したことを思い出した。

「何で私のイメージが赤いスポーツカーなんですか?私、こんなに派手じゃありません。」
とりあえずそう文句をつけてみた。

「派手?この車が?そう?深い綺麗な赤だと思うよ。vibrant red。鮮やかな赤。」

……確かにフェラーリレッドよりは深い色だけど……。

「どこにいても、黙ってても、俺、百合子に目が釘付けになるんだ。単に美人なだけじゃなくて……艶やかな華とピンと張り詰めた空気に、心が震える。」
前方を睨むように見つめながら、碧生くんはそう言った。

……今の言葉は、なぜか私の中にまっすぐ入ってきた。
同じような想いを経験してきたからもしれない。




目が離せない華と、周囲を緩急自在に変えてしまう空間支配力に心が震えた。
憧れて恋い焦がれてやまない存在だった……。







「また雪が降ってきたね。京都は大丈夫かな。傘、持ってく?」
東京駅の地下駐車場に入ってから、碧生くんがそう言ってくれた。

「けっこうですわ。誰かに迎えに来てもらいますので。ありがとうございました。」
そう言ってからシートベルトをはずした。

碧生くんが手早く車を降りる。
これからも毎回こうしてドアを開けてくれるつもりなのだろうか。

「Please。」
「ありがとう。」
差し出された手につかまって、車を降りる。

クスッと碧生くんが笑った。

「何ですか?」
「エスコートされるのは平気なのに、口説(くど)かれるのは苦手なんだね。」

馬鹿にされてるわけじゃなさそうだけど、気恥ずかしくなった。

その通りなので、私は何も言い返せず、うつむいて口をつぐんだ。
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