今、鐘が鳴る
碧生くんは当然のように新幹線ホームまでついてきた。

乗車する直前に、碧生くんが言った。
「来週末、謡の会があるんだ。」
「はあ。」

……まさか観に来いとは言わないよね。

「それが終わったら、4月まで京都に滞在する予定。」
「え?」

驚いて声を挙げてしまった。

「何のために?」
「建前は勉強のため、本音はもちろん百合子ともっと仲良くなりたいから。暇でしょ?あちこち見て回りたいから付き合ってね。」

確かに暇だけど、どうして私が。

「……習い事もありますし、暇というわけでは……」

そう言おうとしたら、発車を知らせるメロディが鳴った。

「はい、乗って乗って。またね。気をつけて。」
碧生くんは私の背中を軽く押して乗車口に押し込んだ。


扉が閉まる直前に碧生くんが不吉なことを言った。
「ご両親によろしく。」

どさくさ紛れに碧生(あおい)くんは、私の和装バッグと一緒に小さな紙袋を押し付けていた。


予約した座席に行き、コートを脱いで落ち着いてから、紙袋を開いた。
中には、恭匡(やすまさ)さんと由未さんからのお礼状と5万円が入った封筒と、有名店のチョコレートの包み、そして和装小物屋さんの小袋。

恭匡さん、新幹線代には多すぎます。
苦笑しつつ、お礼状を拝読した。
由未さんの文字が、少しずつ天花寺(てんげいじ)の字へと変わってきていることを羨ましく感じながら。

和装小物の小袋には、小さな赤い革張りのコンパクト?ピルケース?
……聞くまでもなく、碧生くんからのプレゼントなのだろう。
開いてみると、中には口紅が充填されていた。
金色の輝きを放つ紅は紅花でつくられた、昔ながらの小町紅だ。
艶やかな赤は、着物に映えそう。
先月、成人式で着た振袖なんかピッタリかもしれない。
早速紅をひいてみたくてうずうずした。




新幹線が名古屋に停車した。

いつも静かなグリーン車両なのに、賑やかな一団が乗り込んできた。
いかつい体躯のスーツの男性達。
スポーツ選手?
通路を挟んで隣に4人。
席に座るなり缶ビールをどんどん開けてカパカパ飲んでいる。

よく飲むなあ……と、つい見てしまい、そのうちの1人と目が合った。
鋭い目にとらえられ、身体にぶるっと震えが走った。

こ、こわいっ!

慌てて私は視線をそらし、窓のほうを見た。

……既に外は暗くて、窓ガラスには一団がはっきり映っていて……謀らずとも、窓越しにさっきの人とまた目が合った。

今度は、ニヤッと笑われた……気がする。

やだ、気持ち悪い。

私は身を固くしてうつむき、スマホを取り出した。

触らぬ神に祟りなし、よね。

もうすぐ京都だし、このままやり過ごそう。
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