今、鐘が鳴る
ふっと視界が暗くなった。
少し酒臭く感じて顔を上げると、さっきの人が立っていた。

「成人式?」
そう聞かれて、ゆっくり首を横に振った。

「ほな、卒業式け?」

……振袖、珍しいのかな。

「お茶会でした。」
落ち着いてそう言うと、彼は
「へ~……」
と、興味なさそうに返事をして、通路を歩いてグリーン車両を出て行った。

なんなんだろう、あれ。

しばらくすると、彼が戻ってきた……お手洗いだったのか。
また話しかけられるのかと身体をかたくしてたけど、今度はスルーだった。

ホッと脱力したところを見られていたらしい。

ふふんっ、と鼻で笑われた気がする。

……何だか翻弄されて、口惜しかった。

京都駅が近づくと、彼を含む賑やかな一行も降りる仕度を始めた。

同じ駅で降りるのか……。

ちょっと考えて、彼らと反対側の通路を進んだ。
関わりたくない一心だった。



新幹線を降りてから、母に電話をした。
「もしもし、百合子です。今、京都駅に着きました。」
『お帰りなさい。ご苦労様でした。恭匡さんからお電話がありましたよ。お礼をおっしゃってました。』
母は上機嫌のようだ。

「そうですか。」
『一夫(かずお)さんが八条口で待機してくれてます。』
「わかりました。」

電話を切ってから、ホームを歩き出した。


エスカレーターでコンコースに降りていると、さっきの男性とまた目が合った。
ぶしつけな視線から逃れるようにうつむいて通り過ぎようとした。

「飯(めし)、行かへんけ?」

不意にそう言われて驚いて顔を上げた。

ギラギラと力強い視線に至近距離で射抜かれた。

心臓が早鐘を鳴らす。

失礼なナンパにこんなに動揺する自分に驚いたけど
「……家の者が迎えに来てますので。」
かろうじてそう言えた。

「あ、そ。」
すぐに興味を失ったかのように、彼は背中を向けて行ってしまった。

何なの、あれ。
本当に失礼。
私は拍子抜けして、ちょっと腹立たしく感じた。




八条口を東に行ったところで義父の車に乗り込んだ。
「ただいま戻りました。お迎え、ありがとうございます。」
「おかえり。ごくろうさんでした。楽しまはった?」
義父はいつも通り、遠慮がちにそう聞いた。

……母の再婚で家族になってちょうど10年。
大きな建設会社の社長で、外では怖そうだが、私と母には驚くほどに優しい。

離婚した橘姓にこだわった母のために、本来の姓を捨てて橘になってくださった稀有な人。
……もっとも、母は本当は天花寺姓に戻りたがったのを先代ご当主つまり恭匡さんのお父様で母の兄、私の伯父に認めてもらえなかった経緯があるので、未だに不平不満を抱えているのだけれども。
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