今、鐘が鳴る
「はい。由未さんと少し仲良くなれたような気がします。」
「それはよかった。……ああ、天花寺のご当主に頼まれた物件、クリーニングも済んでますんで、明日からでも入れますわ。」
「……そうですか。」

聞いてない。
知らない。
でも、それって碧生くんのためのお部屋なのだろう。

私の気持ちを置いてけぼりに、碧生くんがじわじわと私の周囲に侵食してくる。
恭匡さんも妙に積極的に碧生くんの後押しをするし。

このまま押し切られてしまうのだろうか。
いつか、私は碧生くんにほだされるのだろうか。
碧生くんを好きになれるのだろうか。

知らず知らずのうちにため息がこぼれた。



夕食前に恭匡さんと由未さん、お茶会の主催者である銀行家夫人、そして碧生くんにお礼状を認(したた)めて、投函した。

その日のうちにお礼状を出す……どれだけ電話やメールが便利でも、意固地に貫いてきた。
が、そんなことはお構いなしに電話をしてくる碧生くん。

『今日はお疲れさま。由未、めっちゃ喜んでたよ。』
「……そうですか。」

よかった。
心からそう思った。

『それから俺も。さっき連絡もらったけど、百合子の家の近くに部屋とってもらえたみたい。めっちゃうれしい!』
「……そうですか。」

めんどくさいことになりそう。
全く喜べない私は、ただ、そう相づちを打った。

『……百合子はさ、戦闘モードに入ったら強いのに、いつもは投げやりというか、何事に対しても興味なさそうだね。執着しないの?』
急に碧生くんの口調が変わって、そんな風に言われた。

戦闘モード、って、なによ。
ちょっとムッとしかけたけど、何となく碧生くんに煽られてるような気がしたので挑発にのらないように小さく深呼吸をした。

「執着しても手に入らないものは入りませんから。」

……言外に、碧生くんの気持ちをやんわりお断りしたつもりでそう言った……まあ、通じるわけがないのだけれど。

『まだ二十歳(はたち)なのに諦めの人生?信じられないな。これから何でも叶えることができるのに。』

そうかしら。
……少なくとも、私の望みはもう叶わないけれど。
本当に欲しいものが、もう永遠に手に入らないのなら、あとはどうでもいい。
ただ流されて、周囲を傷つけないように、息を潜めて生きたい。

「うまく言えないけれど、今の私には叶えたい夢はないんです。」

やっとそう言ったら、碧生くんは外国人のように笑った。

かんに障るその笑い声に、電話を切りたくなった。
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