エリートな彼と極上オフィス
う…と先輩が呻いた。

その方向に持っていくのは、かえって良心を抉るらしい。

くっついているせいで体温が上がったのか、先輩の首筋から、いい匂いがふわっと立ちのぼる。

私はこの肌の匂いを知っている。

いい気分で、遠慮なくそれを味わった。



「とにかく俺、お前のこと大事にするから」

「はい」

「それからその、内容については、覚えてないなりに非常に不本意でもあって、いずれ挽回する時が来たら、絶対本気出すから、えーと」

「先輩、大丈夫です?」

「悪い、俺、変なこと言ってる…」



顔を覆ってしまった先輩の、耳が赤く染まった。

ちょっと待って、と彼がひとりで仕切り直す間、ほかほかしてきた身体を、ぎゅっと抱きしめ直してみる。



「いい加減こっち見てくださいよ」

「すっぴんだから見るなって、電話で言ってたじゃねえか」

「大丈夫そうです、この暗さなら」



目線がこわごわこちらを向くのに、失礼だな、と思わないでもないが、まあ許そう。

が、先輩はじっと私の顔を見ると眉をひそめ「お前、中学生みたいだな」とはっきり言った。

最低…。



「すみませんね、顔立ちが素朴で…」

「いや、別にいいけどさ、けっこう違うもんだな」

「日頃そんなにメイクも頑張ってないんですが」

「だよなあ、何が違うんだろ、そばかすかな?」



観察するうちに、人の顔であることを忘れたのか、先輩が私のほっぺたのてっぺんを、指でぐいとつまむ。

とっさに袖で顔を隠したけど、遅く。

先輩がきょとんとして、次いで怒った。



「赤くなるな、こんなんで」

「そっちこそ、近すぎですって、もう」

「お前がくっついてきたんだろうが」

「また人のせい!」



夜更けの公園で、いい大人がふたり、ぎゃあぎゃあと。

いつの間にか上った、白い月がぽっかりとビルの谷間に浮かんで。


明日もいい天気だよって。



そう言っていた。



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