エリートな彼と極上オフィス
「あああ!」
私の悲鳴に、どうした、と先輩が顔を上げた。
みんな帰った後のIMC室で、セミナーのアンケート集計を、後に活用しやすい形にまとめていたところだった。
「こんなものがバッグの中に…」
「…バレンタインてけっこう前に過ぎたぜ」
「寝かせた分、味わいに深みがですね」
「完全に表面白くなってる」
半月も持ち歩いた当然の結果で、チョコレートはすっかり劣化しており、私はうなだれた。
スタイリッシュなものを選んだのが災いして、バッグの底にぴたりとフィットし、視野から消え去っていたのだ。
「先月、慌ただしかったので」
「そうだよな」
「セミナーもありましたし、立て続けにあの、人事部からのお話とか」
「この白いの、名前なんだっけ」
「…ブルームです」
それそれ、と華奢なプレート状のチョコをぱくっとくわえた瞬間、先輩が、ん、と唸るような声を発したので、ぎくっとした。
「そんなにものすごい味になってますか」
「いや、これ、俺宛て? 食ってよかったの?」
流れで生きてる人だなあ。
「先輩宛てですよ、もちろん」
「サンキュー、今年はくれないのかと思ってた」
「まさか、私のシミュレーションでは、これを渡して『返事は来月でいいのでっ』と走り去るつもりだったんです」
「そこまで考えといて忘れるなよ」
ですよね…。
自慢じゃないが私は普段、基本的に物事を忘れることがない。
だから忘れ慣れていなかったのだと言い訳させてほしい。
予定したことは、遂行しているとばかり思っていた。
「うまいよ、お前も食えば」
「あ、どうもです」
定時を過ぎ、頭を使っていると甘いものが嬉しい。
一枚いただくと、表面こそ糖分が浮いているものの、確かにおいしかった。
ドッキングさせたテーブルで、先輩がPCのキーを叩く振動がカタカタと伝わってくる。