エリートな彼と極上オフィス
通りかかったダイニングバーを指差す、その抜け目のなさに感心した。

私は個人的にはこの人に興味があったけど、ふたりで飲んだなんてバレたら先輩に怒られるだろうなあ、というのが気になった。

いやでも、油断しなければいいとも言える。

そもそも暇だと宣言してしまった手前、断る方法がない。

その宣言自体が迂闊だったと責められたら何も言えないけど…。



「では、ちょっとだけごちそうになります」

「ごちそうさせていただきます」



私の厚かましさを寛大に受け入れ、部長はバーのドアを押し開けた。



結論から言うと、やっぱりこの時私は、行くべきじゃなかった。

でもそれは、榎並部長がどうこうという話ではなく。

神様は今、もしかして暇なんだろうなって。

暇で暇で仕方ないから、物事があえてこんがらかるように、いろんな偶然を配置したい気分なんだろうなって。

そんな話だ。



「湯田さんはあまり酔わないね」

「そんなに飲んでないだけですよ、飲んだら酔います」

「相当飲んでたと思うけど」



えっ本当。

目を丸くした私に、榎並部長は愉快そうに笑った。



「いつも、こんなものですよ」

「よく飲みに行くの?」

「そうですね、仕事帰りにちょくちょく」

「あの気持ちのいい先輩くんとかな」



ですね、と認めると、仲がいいね、と言われる。

2時間ほど飲んで、良識的な会話で少しだけ距離を縮めた後、私たちは店を出て再び駅へ向かう最中だった。



「よく異動を決めたね」

「何事も挑戦かなと」

「前向きに捉えてもらえて嬉しい。悩んだかい?」

「実を言うと、あまり」



部長が片方の眉を上げてみせた。



「行って後悔する自分を想像できなかったんで、これはもう行くんだろうと」

「行かなくても後悔しなかったかもしれないよ」

「だとしたら、なおのこと変化を選びます」

「いいね、若いうちはそうやって、冒険しないと」

「冒険というのは若くなくなって、失うものができてからするのを言うんじゃないですかね」


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