エリートな彼と極上オフィス
知らぬ間に、先輩の腕をぎゅっと抱いていた。

ちょうど向こう側の、中川さんと同じように。

女二人に片腕ずつ預けて、道行く人から、先輩はろくな男に見えていないに違いない。



「どうして?」



実に敢然と、彼女は尋ねた。

どうしてと言われましても。

決まってるじゃないか、そんなの。

ええと、どう決まってるかと言うと…。


ああ悔しいな。

どうせ言えっこないでしょって、そう見くびられていて、実際そのとおりだというこの忸怩たる思い。


言い返せないのが歯がゆくて腹立たしくて、先輩の腕をそわそわと抱き直すうち、ほんとに偶然、私の指が、先輩の手のひらに触れた。

そしてつくづく、こういうところがこの人のどうしようもない点だと思うのだけど。


何を考えたか先輩は、そのまま私の手を握った。


中川さんからは見えない、身体の陰で。

私と先輩は実質、手を繋いでいた。


なんだこれ?


だけど乙女心は、こんな時でも素直で。

私は先輩の温かい手に、確かに少しの勇気をもらったのだ。



「私の、先輩、だからです」



意気込んだあまり、声が震えた。

喉も詰まって、2回唾を飲み込んだ。


よく考えると、当たり前のことを言っただけの気もする。

先輩は私のものです、とそんな感じのことを言いたかったのだ、間違えた。


頭の奥で戦意やら後悔やらが出入りする私と、中川さんは、しばしじっと目を合わせて。

やがてするりと、先輩の腕を解放した。



「酔いさめちゃった」



これなら電車乗れそう、と華奢な手をひらひらさせて、地下鉄のほうへと歩いていく。

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