エリートな彼と極上オフィス
「気をつけて帰れよ」
先輩のかけた声に、くるんと振り返り。
甘えるでも責めるでもない、無言の視線を投げて、また背中を向け、去っていった。
取り残された私は、まだ先輩の腕にしがみついて、その先では手と手が繋がったまま。
とても先輩のほうを見るなんてできず、従って彼が何を考えているのか、知りようもなかった。
「湯田」
「はい」
ぎくっとした。
何か決定的なことを、言われる予感がしたからだ。
「まさかふたりで飲んでたのか」
はい?
見上げると、険しい目つきが待ち受けていた。
数瞬のタイムラグののち、あっ榎並部長の話か、と思い至る。
え、今、そこに戻ります?
「ですけど、別に」
「隙見せんなって言ったろ、何やってんだよ」
「だから別に、隙なんて」
捕まった手は、振りほどくこともできない。
まさかこの話をするために、逃がさないよう手を握ってたのか。
ずるい、これは…ずるい!
「お前、わかってるか、異動を承諾したことで、お前はあの部長にでかい借りをつくったんだぞ、俺はもう守ってやれないんだからな」
「ま、守っていただいた記憶ないですよ」
「そうかよ、なら勝手にしろ!」
なんだその言い草!
淡い期待を打ち砕かれた落胆と恥ずかしさで、私はすっかり混乱していた。
同時に、わだかまっていたものがむくむくと頭をもたげる。
「先輩こそ、隙だらけですよ、ずっと言いたかったんですけど、あんな、ただの同期に堂々と名前で呼ばせるとか」
「航って呼ぶ奴なんて、他にもいるよ」
「そうだとしても、嫌なんですよ」