エリートな彼と極上オフィス

「気をつけて帰れよ」



先輩のかけた声に、くるんと振り返り。

甘えるでも責めるでもない、無言の視線を投げて、また背中を向け、去っていった。


取り残された私は、まだ先輩の腕にしがみついて、その先では手と手が繋がったまま。

とても先輩のほうを見るなんてできず、従って彼が何を考えているのか、知りようもなかった。



「湯田」

「はい」



ぎくっとした。

何か決定的なことを、言われる予感がしたからだ。



「まさかふたりで飲んでたのか」



はい?

見上げると、険しい目つきが待ち受けていた。

数瞬のタイムラグののち、あっ榎並部長の話か、と思い至る。

え、今、そこに戻ります?



「ですけど、別に」

「隙見せんなって言ったろ、何やってんだよ」

「だから別に、隙なんて」



捕まった手は、振りほどくこともできない。

まさかこの話をするために、逃がさないよう手を握ってたのか。

ずるい、これは…ずるい!



「お前、わかってるか、異動を承諾したことで、お前はあの部長にでかい借りをつくったんだぞ、俺はもう守ってやれないんだからな」

「ま、守っていただいた記憶ないですよ」

「そうかよ、なら勝手にしろ!」



なんだその言い草!

淡い期待を打ち砕かれた落胆と恥ずかしさで、私はすっかり混乱していた。

同時に、わだかまっていたものがむくむくと頭をもたげる。



「先輩こそ、隙だらけですよ、ずっと言いたかったんですけど、あんな、ただの同期に堂々と名前で呼ばせるとか」

「航って呼ぶ奴なんて、他にもいるよ」

「そうだとしても、嫌なんですよ」


< 147 / 186 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop