エリートな彼と極上オフィス
ああ榎並部長、やっぱりリスクは、存在していたのかもしれません。

だってさっそく、心がすれ違っているのを感じる。

離れた場所で生きる準備を、頭だけが先に始めてしまったようで、気持ちが置いていかれているような、そんな違和感がある。


手を取られたまま、なるべく距離を置こうと頑張る私を、先輩はさすがの力でその場に縛りつけていた。

手のひらを触られるとくじけそうで、私は温かな手の中で、ぎゅっと握り拳をつくる。

先輩が怪訝そうに眉をひそめた。



「酔ってんの?」

「そっちこそ」

「お前が何を言いたいのかわからない」

「さっき言いましたよ!」



私の大声は先輩を驚かせたらしい。

目を見開くのを見て、泣きたくなった。


ずっと言ってますよ。

好きなんです。

私だけの先輩だって思いたいんです。


それだけです。

ほんと、それだけ。



「そんなのも伝わってないんなら、返事とか、軽く言わないでくださいよ」



夜から雨になると、朝、天気予報が言っていた。

その湿気が今、私たちの息を白くしている。


手を強く握られた。

その力に押し潰されるように、私の握り拳はほどけたのだけど、先輩はそれを降伏と受け取ったのかもしれない。

ゆっくりと手は解放されて、身体の脇にぽとんと戻ってきた。



「軽くとか、決めつけるなよ」

「私が、そう感じたってことです」

「なあ、喧嘩したいわけじゃねえんだけど」



私もです。

よりによってこんな、あと半月もIMCにいられないような、大切に過ごしたい時期に。

ねえ先輩。

なんかもう、くたくたです。



「先輩、返事ください」



どうせ離れるなら、このもやもやともさよならしたい。

ください、と私はねだった。



「悪いほうでもいいんで」

「嫌だ」


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