エリートな彼と極上オフィス
「車内でやるなよ」
「やんねーよ」
とある土曜日、車を借りるついでにと遊びに来た同期が、顔を赤くしてキーを受け取った。
まあ言ってみただけで、そもそもこいつはやらないだろうと思う。
なんとなく目の前の男は、多少はめを外したり雰囲気に流されたりすることはあっても、基本的にはノーマルな嗜好の気がする。
同期の性癖なんて知ったことではないが。
いや、知ったことだ、この件に関しては。
なんせこいつの相手は、千明広秋(ひろあき)が少なからず想いを寄せていた子なのだ。
「お前も車買っちゃえばいいのに」
「考えたんだけど、やっぱ維持費がなあ」
「駐車場、どのくらい?」
「月3万5千円で、しかも隣駅とか」
それは確かに厳しい。
広秋のマンションは少し都心を外れたところにあるおかげか、珍しく契約駐車場がすぐ近くにあり、月5000円ほどで借りられる。
その環境がなければ、特に生活上の必需品でもない車を買おうなんて、思いつきもしなかっただろう。
帰りに車を持ち帰らないとならないため、広秋の部屋で男ふたりで膝突き合わせて、飲んでいるのはソフトドリンクだ。
「まあ、湯田も車にこだわりないみたいだし、しばらくはレンタカーとかでもいいかなと」
「こだわりないんだ」
「ない、お前のも外車だってわからなくて、教えたら『ご冗談を、ハンドル右側についてるじゃないですかー』ってレベル」
それは、こだわりないとかいう次元を越えてるだろう。
広秋の車は、特に高級というわけではないが、一応フランスメーカーのクロスオーバーだ。
知り合いの中古車ディーラーに、ほぼ新品の状態で偶然流れてきた車両で、連絡をもらうなり飛びついた。
「大丈夫なのか、湯田ちゃん」
「その代わり、軽トラとかにはすげー反応するんだよ、どっちかの実家が農家らしくて」
「軽トラに反応って、たとえば」
「『あの車種、国内で唯一の独立四輪サスで、耕した農園にもぐいぐい入っていけて、生産中止の話が出た時はもう、まとめ買いですよ、みんな!』みたいな」
悪いけど全然興味湧かなかった、と正直に言いきる同期に共感しつつ、自分がその場にいたかったなあと思った。
そういう、知識のボタンがたまに掛け違っているようなところが彼女の魅力だと思う。