エリートな彼と極上オフィス
「天の川が見えますね」
「うわっ、ほんとだ」
空を見上げて、ぎょっとしたような声を出した。
確かに満天の星は、不慣れな者にとってはロマンチックを感じるより不気味さが勝る。
「願い事しましょう、先輩に彼女ができませんように」
「呪いだろ、それ」
「乙女心ですよ」
「最近、どうしたの、お前」
先輩が口元に当てている手の先で、赤い火がちりりと音を立てた。
標高の高いこのあたりは、日が落ちると冷える。
サンダルの足元に冷たい空気を感じながら、私は返事をしなかった。
先輩も追及してこなかった。
「その傷は、怪我ですか」
街灯もまばらな、人気のない道で、聞こえるのは私たちの足音と虫の声だけだ。
先輩は、自分のふくらはぎを確認して、ああ、とうなずいた。
「バイクで事故ったの」
「いつですか」
「大学ん時。峠走ってて、こう、向こうがコーナーでふくらんで、正面衝突したんだってさ、覚えてないけど」
ひえ、想像したよりかなりすごい事情。
「覚えてないんですか」
「気がついたら病院で、家族と友達に囲まれてた。あれ、危ないとほんとにみんな呼ばれるのな」
「際どかったってことじゃないですか…」
「らしいぜ、両脚なんかぐっちゃぐちゃで、着てた革のスーツが、もうボロボロに裂けてて」
痛い痛い痛い。
小さくなる私を面白がるように、先輩は怪我の具合をつぶさに語ってくれる。
このへんの皮膚を移植したわけよ、と腿のつけねを指すので、見せてくださいと言ったら頭をぽかんと叩かれた。