エリートな彼と極上オフィス
「や、何するつもりですか」
「何って」
「はな、離してください」
「なんで抵抗すんだよ」
「するでしょう、そりゃ」
私の指先が震えだしたのを、先輩は感じているだろう。
握られた手は、少しだけ熱い。
懸命に手を引っ込めようとする私の全力なんて、気にも留めないみたいに、ぐいと引き寄せられた。
先輩が腰を浮かすのと、同時だった。
私はぎゅっと目をつぶって、身体を固くしていた。
自覚はなかったけれど、たぶん先輩の手を、力いっぱい握りしめて。
口元に、煙草の香りが届いた。
唇に呼気の温もりが移るくらい、すぐそばに先輩を感じる。
動けなかった。
先輩がゆっくりと立ち上がるのがわかった。
それに合わせて唇の角度が変わるのを、必死に感じ取って追わなきゃならなかった。
少しでも気を抜いたら、触れてしまう。
今にもかすめそうな、ぎりぎりの距離。
やがて温度がふわっと去って、おそるおそる開いた目に入ったのは、私を見下ろす、見たことのない先輩の表情だった。
困惑しているような、驚いているような。
腹を立てているような、おろおろしているような。
「なんて顔してんだよ」
こっちの台詞だ、と思った。
息が上がっているのを隠したくて、唇を噛む。
声なんてとても出ない。
先輩はぱっと手を離して、正直私はその時、いまだに握られていた事実に気がついたんだけど、こう言い捨てた。
「お前、ずるいよ」
なんでそんな苦い顔。
険しい目つきで私をにらむと、上着をさっと肩にかけて、再びガードレールをまたいで向こう岸へ行ってしまう。
私は呆然と、取り残されていた。
ああ由美さん、今すぐここに来て。
あの困った人が何を考えてるのか、教えてください。
もし、何か考えているのなら、だけど。