徒然なるままに、短歌部
「だってそうでしょう? あんたの言い分だと、太郎くんを好きになって結婚したけど、40代になって、今度は次郎くんを好きなるってことになるでしょ?」
「まあ、確かに……」
お母さんは棒針を置き、代わりに私から雑巾を奪って、流しで洗った。
「いい? 猿渡万智は猿渡美佐枝の娘なの。それは紛れもない事実よ。でも、美佐枝が好きなことを万智が好きになる必要はない。蛙の子は蛙なんて言うけど、それは自分のやりたいことに当てはめるのは、お母さん、間違ってると思うわ」
私は立ちすくんだ。お母さんが珍しく真面目な話をしていることに驚いているのだ。
「私は短歌が好きだった。愛していた。あんたやお父さんよりもね。でも、今はあんたの方が好き。まあ、お父さんの次にだけど……」
「あんたらどんだけラブラブなんですか!」
「いい? 万智。あんたはあんたの好きなことを一生懸命やりなさい。お母さんは短歌部があんなことになったことを後悔していない。頑張った、やりきったって思ってる。失恋と同じ気持ちね。だから、あんたには後悔してほしくないの。自分のやりたいことをお母さんのために犠牲にするなんて……お母さんがそんなことを本気で喜ぶと思う?」
お母さんは雑巾を洗った手で私の頭を撫でた。ゴツゴツしてて、しわもあって、でも、これはお母さんが毎日家事をしている手で、私をここまで育ててくれた誇らしい立派な手だった。
「あんたが喜ぶことがお母さんの喜びよ?」
お母さんはそう言って、再びリビングで棒針を持ち、マフラーを編み始めた。
私はそんなお母さんを見ながら、思った。