ことのはしばり
はじまり
(……何がどういう事だって?)
目の前で起こった事を理解出来ない。
“起こった”と思う事自体、正直馬鹿げていると思う。
11月の夕方、昨日から降っていた雨が止んだのは確か今日の昼過ぎで、
しとしと、なんて言うから感じる儚さや、か弱さは実は表向きの顔だったと知ったのは日が傾くのと同時だった。
じっとりと秘かに地面に染み込んでいった雨は、
まるで毒が回る様に確実に世界の温度を奪い
昨日まで感じなかった射すような寒気が、まだマフラーを巻いて居ないむき出しの首を包む。
(だから何が?)
『あ、今まで通り普通の生活は続けて行けるからそこは心配しないで。』
自分の前に居る人物が、しゃがみこんで何かを拾い上げつつ
話かけて来ているのだと
気づいて思わず顔を上げた。
目線のあったその女(の子?)は、
小さくため息をつくと、言葉を続けた。
『…大丈夫?まぁ偶然通りかかった道の真ん中で…あ、偶然?必然?帰り道なのかしら…まぁそこら辺は良く知らないけど急に疫呪(いみのと)に出くわして“消して”しまうなんてそんなに滅多にある事では無いわよね。むしろ無いわよね。動揺するなって方が難しいとは思うけど…』
今日は夕焼けだから明日は雨だな。
と、
ぼんやり思った。
話の内容を拒絶して理解したくないとき
人間ってこんな風に脳ミソが働くんだと知った。
『?…ちょっと聞いてる?聞きたくないのは何となく分かるけどでももうこれは仕方ないと思うの。言っとくけど私だってプライドズタズタなのよ?それなりに修業だって積んで今までやってきた事をあっさりされちゃってるんだからね。』
夕焼け、なんて普段気にする事なんてないと思う。
日常生活に置いて、正直俺達に必要な情報は、
今日の降水確率がどんだけか
寒いのか暑いのか
その程度だと思う。
だから今俺が考えなきゃいけないのは、明日の朝までにマフラーを押し入れから引っ張り出すって事だけで…
『………あーゆーのっとじゃぱにーず?』
『いや日本人ですけれども。』
思わず答えてしまった。
初めて会話が成り立って一瞬目を見開き、彼女は続けた。
『とりあえず、明日詳しい事を話すから。あ、ライン教えてもらっていい?』
『あの。』
『はい?』
たった一言。
一言口にしただけなのに。
急に震えが止まらなくなった。
さっき俺が見たものは
さっき俺が……
『え!?ちょっと大丈夫!!??』
その日俺は知りました。
ホントの恐怖は全身にゆっくりと浸透するものだと。
『ちょっとちょっとお願いだから意識は飛ばさないで!!せめてラインだけ教えてから!!』
で、一気に全身を支配するものだと。
彼女の声が徐々にエコーのかかったザラザラした響きに変わっていき
俺は意識を手放しました。